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『ピノキオ』原作のあらすじと結末|1881年の第15章と1883年版はどう違う?

はじめに|ピノキオの原作はどこで終わるのか

『ピノキオ』といえば、嘘をつくと鼻が伸びる木の人形が、人間の男の子になる物語として親しまれています。しかし、カルロ・コッローディによる最初の雑誌連載と、後の単行本を区別すると、結末の見え方が大きく変わります。

1881年に掲載された物語の最初の区切りは、ピノキオが木につるされる場面で終わります。その後物語は再開され、1883年の単行本では第36章で本物の少年になる結末へ進みました。「原作は怖い結末だった」という話と「原作では人間になった」という話は、確認する時期が違うのです。

この記事では初回掲載から単行本への流れを整理し、キツネとネコ、青い髪の妖精、巨大な魚、父ゼペットの役割を読み直します。映画版や後世の再話ではなく、コッローディのイタリア語本文と現存本の書誌を基準にすることを大切にします。

原典の書誌|1881年の雑誌連載と1883年の単行本

作者カルロ・コッローディは、1881年7月7日から児童向け雑誌『Giornale per i bambini』に『La storia di un burattino(ある人形の物語)』を発表しました。現在の題名『Le avventure di Pinocchio(ピノキオの冒険)』だけを見て、最初から一冊の本だったと思うのは正確ではありません。

連載は途中で区切られ、1882年以降に続きが掲載されました。そして1883年にフィレンツェの出版社Felice Paggiから単行本が刊行されます。モーガン図書館・博物館の所蔵目録は、1883年刊本を初の単行本版と明記しています。

書誌の確認にはモーガン図書館・博物館所蔵の1883年初刊本とFondazione Cerrutiの同年刊本の記録を用いました。雑誌の連載時期と単行本の出版時期を分けて説明できる資料です。

1881年の第15章|木につるされたまま終わる

最初の連載を考える上で重要なのは第15章です。ピノキオは追っ手から逃げ、最後には大きな樫の木につるされます。この場面が1881年の初期連載のいったんの終わりとなりました。

イタリア語本文の第15章には、追っ手や木の描写が残っています。子ども向けの現代的な映画だけを知っている読者には驚くほど厳しい描写ですが、当時の物語には恐怖と教訓がともに含まれていました。

ただし「ピノキオは最初から最後まで死ぬだけの物語だった」と言うのは誤りです。連載は後に再開され、事件は物語全体の途中になります。初期連載の終点と、完成した作品の最終章を混同しないことが必要です。

嘘で伸びる鼻|有名な場面はどこにあるのか

ピノキオの代名詞となっているのは、嘘をつくと鼻が伸びる場面です。ところが嘘の罰として鼻が伸びる有名な出来事は、第15章の後に続く第17章で描かれます。初期連載の終点だけでは、この象徴的な出来事にたどり着きません。

第17章でピノキオは妖精へ金貨について事実と違う話をし、鼻が伸びて困ることになります。嘘の重さを分かりやすい身体の変化にした表現ですが、物語のすべてを「嘘をつくと罰を受ける」という一つの教訓にまとめる必要はありません。

木の人形は、誘惑に負けたり、反省したり、再び失敗したりを繰り返します。一度失敗した子どもが永遠に悪いままという話ではなく、何度も選び直す過程も、この物語の特徴です。

キツネとネコ、青い髪の妖精|敵と味方だけではない

ピノキオは、キツネとネコにうまい話を持ちかけられ、金貨を増やせると信じてしまいます。簡単に得をする話へ引き寄せられる危うさは、今の読者にも理解しやすいでしょう。

一方、原作には青みがかった髪を持つ不思議な少女が登場し、後に妖精としてピノキオを助けます。原語には「Fata dai capelli turchini」という表現が使われます。現代の映画版で知られる妖精の外見や役割を、そのまま原作へ移さないことが大切です。

登場人物たちは単なる善悪の札ではありません。ピノキオ自身にも、約束を破り、怖がり、助けられ、変わろうとする姿があります。説教だけではなく、ユーモアと不安が行き来する物語として読むと、人物像に厚みが生まれます。

巨大な魚の腹|クジラと決めつけてよいか

原作でピノキオが父ゼペットと再会する重要な場面は、巨大な「Pesce-cane」の腹の中です。イタリア語の語はサメやドッグフィッシュに関わる名称で、原作の生き物をすべての版で単純に「クジラ」と言い切るのは適切ではありません。

映画や絵本の再話では、巨大なクジラの場面として記憶されることもあります。物語の筋が似ていても、生き物の呼び方や描き方は版によって異なります。この違いは、翻案を楽しむことと原作を正確に説明することを両立させる好例です。

第35章から第36章にかけて、ピノキオは父を助けて海から脱出しようとします。途中ではマグロにも助けられます。最後の変化は妖精にお願いしただけではなく、他者の助けと本人の行動を経て訪れるのです。

第36章の結末|人間になる前に何が変わったか

完成した物語の第36章では、ピノキオは病弱なゼペットのために働き、生活を支えようとします。また、妖精が困っていると聞くと、服を買うために貯めたお金を渡す決断をします。人間の姿になる前に、身近な人を思う行動が変化している点が大切です。

その後、夢の中で妖精が現れ、ピノキオは目を覚ますと木の人形ではなく本物の少年になっています。結末は「嘘をつかなかったから一瞬で人間になった」という単純な交換条件ではありません。作品は長い行動の積み重ねを描いています。

イタリア語本文の第36章では、少年になった姿と、以前の木の人形の姿が対比されます。外見だけでなく、誰かのために行動できる自分へ変わったという読み方を支える結末です。

原作と映画版|違う結末をどう楽しむか

『ピノキオ』は何度も映画、舞台、絵本へ翻案されてきました。それぞれの作品は、登場人物や冒険、結末の描き方を変えています。映画で親しんだ記憶を否定する必要はありませんが、原作の記述と同じものとして説明しないことが重要です。

特に有名な「鼻」「クジラ」「妖精」といった要素は、翻案を通じて強いイメージを持つようになりました。原典を読むと、何がもともと存在し、何が後から目立つようになったのかを考えられます。原作との違いは作品の間違い探しではなく、表現の選択を知る入口です。

同じように映像化された童話として、当サイトのアンデルセン『人魚姫』の原作と結末も参考になります。広く知られた結末と、本文が実際に描く結末の間には、時に大きな距離があることを確認できます。

まとめ|二つの結末を混同しない

ピノキオの物語は、1881年に雑誌連載として始まり、1883年に単行本として刊行されました。初期連載では第15章の厳しい場面でいったん区切られ、完成した本では第36章で人間の少年になるという違いがあります。

嘘によって伸びる鼻だけでなく、父を助けること、妖精を思うこと、何度も失敗してやり直すことが物語の大事な筋です。最初の姿と最後の姿の違いは、外見だけの話ではありません。

原作の怖さを誇張する必要も、映像版の明るさだけで説明する必要もありません。どの年の、どの版を読んでいるかを明らかにすることで、『ピノキオ』はより豊かな成長の物語として見えてきます。

原典・版・権利と出典判定

作者はCarlo Collodi(1826–1890)。初出は1881年開始の『Giornale per i bambini』で、1883年の初単行本はLe avventure di Pinocchio. Storia di un burattino(Firenze: Felice Paggi)です。モーガン図書館・博物館の初刊本書誌とFondazione Cerrutiの現物所蔵記録で刊行形態を確認しました。連載と初単行本の違いを資料で明示しています。

本文の確認にはイタリア語第15章と第36章の転写を用いました。これは雑誌初号と1883年初版本の全ページを直接比較したという意味ではありません。連載の書誌情報と章の本文照合を区別して記録しています。

コッローディは1890年没で、原著作は日本の通常の保護期間を経過しています。しかし、現代の日本語翻訳、校訂、映画、写真、挿絵には独立した権利があり得ます。本文・挿絵・映画の画像は転載せず、原文をもとに独自の日本語説明として構成しました。原著の作品と章、刊行年が具体的に確認できるため、出典タグ114「出典確認済み」とします。

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