はじめに――『八十日間世界一周』はなぜ一日違いで決まるのか
『八十日間世界一周』は、英国の紳士フィリアス・フォッグが、決められた八十日間で世界を一周できるかという賭けに挑む冒険小説です。船や鉄道の遅れ、犯罪の疑い、予想外の同行者が計画を乱します。最後には「一日遅れて負けた」と思った主人公が、実は間に合っていたと分かる仕掛けがあります。
作者はジュール・ヴェルヌ。『Le Tour du monde en quatre-vingts jours』は1872年に新聞『Le Temps』で連載され、1873年にエッツェル社から単行本として出版されました。1872年と1873年のどちらも文献に現れるのは、連載と書籍という発表形態が違うためです。
この記事は1873年フランス語版の全37章、とくに第37章の結末を確認して解説します。日付変更線という現代の便利な呼び方だけで片付けず、原作がどのように東回りの旅と一日の差を説明したかをたどります。
賭けの始まり――フォッグはなぜ旅立ったのか
フォッグは規則正しい生活を送り、ロンドンのリフォーム・クラブに通う紳士です。新聞で交通網の進歩を知り、世界一周が八十日で可能かどうかを仲間と議論します。彼は思い立って観光旅行へ出たのではなく、二万ポンドを賭けた約束を実行するために出発します。
出発の日は物語の中では1872年10月2日。新しく雇われたフランス人の召使いパスパルトゥーも同行します。落ち着いたフォッグに対し、パスパルトゥーは表情が豊かで、旅の途中でさまざまな騒動に巻き込まれます。性格の違う二人が同じ目的へ進むことが、物語のテンポを作ります。
しかし、英国で起きた銀行強盗の容疑者だとフォッグが誤認され、刑事フィックスがその後を追います。彼は証拠を十分に確かめる前にフォッグを疑っており、旅の障害は自然や交通だけでなく、他人の先入観からも生まれます。
インドでの出来事――アウーダが旅の仲間になる
フォッグたちは船や鉄道を乗り継いでインドへ向かいます。しかし予定どおり鉄道が通じていない場所があり、象を買って移動することになります。机上で計算できた旅程と、実際に現地で移動できる旅程との違いが表れます。
途中で彼らは、儀式の犠牲にされようとしている女性アウーダを知り、危険を冒して救い出します。ここでパスパルトゥーが重要な役割を果たします。期限を守るという目的から見れば遠回りなのに、他人を救うための時間を使うことが、物語の後半へつながります。
アウーダは旅の一行に加わり、香港や日本、アメリカを経て欧州へ向かいます。ただし、作品に描かれるインドの宗教・文化や人々の姿には十九世紀ヨーロッパの偏った見方も含まれます。冒険として楽しむことと、異文化への表現を現代の事実として受け取らないことは両立します。
日本とアメリカ――予定外の出来事が続く
香港では一行が離れ離れになるなど、予定が崩れる出来事が重なります。パスパルトゥーは日本の横浜へたどり着き、そこで一座に関わることになります。日本は旅の通過点として現れますが、描写には外から見た異国趣味も反映されています。
やがて一行は太平洋を渡り、米国大陸を鉄道で横断します。しかし列車はさまざまな障害に遭い、アメリカ先住民との衝突も描かれます。交通網が整備されても、予定時刻が保証されるわけではないという緊張が続きます。
パスパルトゥーが危険に遭ったとき、フォッグは仲間を助けることを選びます。金銭の賭けだけがすべてではないことが、旅を通じて次第に表れます。正確な予定を守ることと、人を置き去りにしないことの間で何を選ぶかが主人公の変化を映します。
ロンドンに帰ったのに負けたと思った理由
欧州へ戻ったフォッグは、フィックスに逮捕され、時間を失います。容疑が誤りと分かって釈放されますが、彼は帰着の期限を過ぎたと判断します。世界一周を成し遂げても、賭けに負けたと思えば、本人にとって成功とは言えません。
落胆したフォッグのそばにはアウーダが残り、二人は結婚を決めます。パスパルトゥーは式を執り行う聖職者を訪ね、そこで自分たちが日付を一日勘違いしていたと知ります。賭けを逆転させる発見は、時計の故障ではなく、結婚の準備という別の目的から生まれます。
フォッグは急いでリフォーム・クラブへ向かい、約束の時刻である午後8時45分に姿を現します。原作第37章は、彼が二万ポンドの賭けに勝ったことを明確に記しています。期限に遅れてから特別に許してもらったのではなく、最初の条件そのものを満たしていたのです。
なぜ一日得したのか――原作第37章の説明
フォッグたちはロンドンから東へ向かい、地球を一周しました。その間、訪れた各地の時計に合わせて生活していましたが、旅を始めた場所との日付の差を適切に数えていませんでした。東回りの世界一周では、各地の時刻を調整しながら進むことで、一周したときの暦日に一日の差が生じます。
原作では、東へ進むにつれて太陽の動きに対して一日が少しずつ短くなり、経度一度あたり四分、360度で24時間の差となると説明します。これは後に国際日付変更線の仕組みで説明する考え方と関連しますが、「実際に24時間タイムスリップした」という意味ではありません。
フォッグはロンドンへ戻ったとき、十二月二十一日の土曜日だと信じていましたが、実際は十二月二十日の金曜日でした。つまりまだ期限まで一日あったのです。正確さを誇る人物が、世界を一周するという条件そのもののために暦を取り違えたのが、痛快な仕掛けになっています。
原作の結末――賭けに勝って本当に得たものは
フォッグは二万ポンドを勝ち取ります。しかし旅の途中で約一万九千ポンドを使っており、経済的な利益はそれほど大きくありません。最後の章では、残ったお金の扱いにも触れられます。旅の値段と、旅によって人生が変わった価値とを比較する構成です。
物語はアウーダとの結婚で締めくくられます。パスパルトゥーは、もっと短く回る方法もあったと気づきますが、フォッグはインドを通らなければアウーダと出会えなかったと答えます。速く到着することだけが最善の旅ではなかったと分かる最後です。
これは無計画な寄り道をすべて正当化する話ではありません。期限と責任を守りながら、途中で出会った人をどう扱うかを問いかけます。計算では測れないものが、最後には主人公の最大の成果となるところに、冒険小説としての魅力があります。
まとめと原典――1872年の連載と1873年の単行本
『八十日間世界一周』は、1872年の新聞連載を経て1873年に単行本化されたヴェルヌの作品です。フォッグが賭けに勝った理由は、東回りの世界一周によって暦日を一日取り違えていたから。第37章のフランス語本文を確認すると、日付と午後8時45分の帰着まで説明されています。
同じヴェルヌの『十五少年漂流記』では、長期の島生活で協力することが問われます。こちらは時間を守る挑戦を通じて、仲間や他人のために立ち止まる価値を描きます。同じ冒険でも、目的の違いを比べると作者の幅広さが感じられます。
原典:Jules Verne, Le Tour du monde en quatre-vingts jours(J. Hetzel, 1873、フランス語全37章)。第37章(頁214〜217)。連載と単行本の刊行区別にはヴェルヌ研究に基づく版の解説を参照。作者は1905年没で原作の通常の日本国内保護期間は満了。現代日本語訳・映画の台詞は転載せず、原文に基づき独自に記述しました。