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『くるみ割り人形』原作のあらすじと結末|ねずみの王様とドロッセルマイヤーの正体

はじめに――『くるみ割り人形』原作の結末はバレエと違う

『くるみ割り人形』といえば、クリスマスの夜に人形が動き出し、お菓子の国へ旅する物語を思い浮かべるでしょう。しかし、その原作にはねずみの王様との対決だけでなく、呪いを受けた王女の話や、少女の言葉が人形の運命を変える結末まで含まれています。現在親しまれるバレエや映像の場面を、1816年の物語そのものと混同しないことが大切です。

原作者はドイツの作家E・T・A・ホフマンです。作品名は『Nußknacker und Mausekönig(くるみ割り人形とねずみの王様)』。1816年に『Kinder-Mährchen』の一編として発表され、1819年には作品集『セラピオン兄弟』にも収録されました。今回参照するドイツ語の全文は後年の収録版に沿う本文で、1816年初版との逐語一致を無条件に主張しません。

主人公はマリーという幼い少女です。彼女はクリスマスにくるみ割り人形を贈られ、その醜く見える姿をかわいそうに思い、親切に扱います。物語の中心は美しい人形をもらう喜びではなく、見た目だけで相手を判断しない少女の態度にあります。

クリスマスの夜――マリーは何を見たのか

十二月二十四日、シュタールバウム家の子どもたちは贈り物を待っています。マリーの兄フリッツはおもちゃの兵隊に夢中です。一方、マリーは少し不格好なくるみ割り人形を気に入り、壊れた部分を世話しようとします。華やかな贈り物の中でも、小さく傷ついた存在を気にかけることが、物語の始まりです。

夜が深まると、マリーにはおもちゃや人形たちが動き始めたように見えます。部屋には多数のねずみが現れ、七つの頭と七つの冠を持つねずみの王が指揮を執ります。くるみ割り人形は兵隊たちを率いて立ち向かいます。家庭の居間が、少女の目には恐ろしい戦場へ変わるのです。

マリーは戦いのさなかに履物を投げるなどして、くるみ割り人形を助けようとします。しかし、大人たちはその夜の話をすぐには信じてくれません。本人には切実な体験でも、周囲の人には夢や想像のように見えるという二重の見え方が、作品を不思議なものにしています。

ドロッセルマイヤーと「硬いくるみ」の話

マリーたちの名付け親ドロッセルマイヤーは、時計や機械仕掛けのおもちゃを作る人物です。彼は、王女ピルリパートと不思議な硬いくるみをめぐる昔話を子どもたちに語ります。ここから物語は、少女のクリスマスの体験の内側に、さらに別の童話が入る構造になります。

その昔話では、王家とねずみの一族との争いが起こり、王女が呪いによって変わった姿になります。呪いを解く条件を満たすために若者がくるみを割りますが、今度はその若者自身が不格好な姿へ変えられてしまいます。救った人が見た目を理由に拒まれるという不条理が、くるみ割り人形の背景にあるのです。

マリーは、目の前の人形とこの話の若者が同じ存在なのではないかと考えます。後で分かる重要な手掛かりは、人形の姿が変わった理由を知りながら、マリーがそれでも人形を大切に思っていることです。見た目が変わっても相手の価値まで変わるわけではないという主題が前面に現れます。

ねずみの王様との決着――七つの冠の意味

ねずみの王様は一度の戦いで姿を消すわけではありません。マリーのもとへ再び現れ、お菓子や人形を差し出すように迫ります。マリーはくるみ割り人形を守ろうとして、自分の大切なものを次々と犠牲にします。危険な相手の要求へ譲歩しても、それで要求が止まるとは限らないという怖さが描かれています。

やがて、くるみ割り人形はマリーの助けを受けてねずみの王様へ立ち向かい、勝利します。原文では、彼が七つの小さな金の冠をマリーへ渡す場面があります。七つの冠は、七つの頭を持つ敵を倒したという物語上の証拠になります。

後にマリーがこの冠を両親に見せると、大人たちは出所を説明しようとし、かえって少女の経験を信じません。不思議な出来事の証拠があっても、それをどう理解するかで人の判断は分かれるのです。単純な勝利の場面の後にも、物語は続きます。

お菓子の国――マリーが見た世界

くるみ割り人形はマリーを、不思議な甘い菓子と美しい飾りのある国へ案内します。きらめく川やお菓子の町、マジパンでできた城が現れ、住人たちは人形を王子として迎えます。マリーの目に映る世界は、単なる食べ物の夢ではなく、人形が本来持っていた身分や仲間の存在を示す場所です。

王子として迎えられたくるみ割り人形は、マリーの勇気に感謝します。王様との戦いで自分を助けたこと、守ろうとしたことを、その国の住人にも伝えます。外見で軽く見られていた存在が、ここでは大切にされる人物として描かれるという逆転があります。

けれども、少女が体験したことは日常の世界へ戻ると夢だと扱われます。魔法の国が確かに存在したのか、少女の想像だったのかという曖昧さを残しながら、作品は最後の出会いへ進んでいきます。

原作の結末――くるみ割り人形は誰だったのか

物語の終盤、マリーは不格好になったくるみ割り人形について、見た目が変わったからといって拒まないという思いを言葉にします。その直後、彼女は不思議な出来事を経験し、ドロッセルマイヤーの若い親族が現れます。その人物が、くるみ割り人形の本来の姿と結び付いていることが明らかになります。

青年はマリーの優しさに感謝し、不思議な国の王として彼女を迎えたいと申し出ます。原作の語りでは、マリーがその申し出を受け、約一年後に華やかな婚礼を迎えたという結末になります。ただしマリーは幼い子どもとして描かれており、婚約・結婚の結末は現代の現実生活で望ましい行動の手本として扱うべきではありません。十九世紀の幻想文学の表現として読む必要があります。

重要なのは、現実の部屋と魔法の王国の境目が最後まで完全には説明されないことです。子どもの想像力に見えるものが、物語の中では次々と形を持ちます。夢だったと簡単に片づけられない余韻こそ、原作ならではの面白さです。

バレエ版との違いと原典の権利

『くるみ割り人形』の名を広く知らしめたのは、後に作られたバレエ作品です。舞台版では音楽と踊りで物語を見せるため、登場人物や話の運びが原作と変わる場合があります。ホフマンの小説の筋書き、フランス語での翻案、チャイコフスキーのバレエ作品を同じ版として扱わないことが重要です。

原作には、母親や父親が少女の話を信じない場面、ねずみの王による繰り返しの脅し、くるみ割り人形の過去を語る入れ子の童話など、舞台の一夜の夢だけでは説明しきれない展開があります。原作を読むと、「かわいいクリスマスの物語」の奥に、不安や不信、他者を信じる心が描かれていると分かります。

原典:Dartmouth College Annotext, E. T. A. Hoffmann, Nussknacker und Mausekönig(ドイツ語全文・結末まで)。初出の確認:ベルリン国立図書館のE・T・A・ホフマン作品目録(1816年『Kinder-Mährchen』)。別のデジタル本文:Projekt Gutenberg。著者は1822年没で日本での原作の通常の保護期間は満了。現代日本語訳、バレエの台本、現代の画像は転載していません。

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