はじめに――『ポリアンナ』原作はいつも明るい話なのか
『少女ポリアンナ』は、どんな出来事にも喜べる点を探す「喜びのゲーム」で知られる物語です。ところが1913年の原作を読むと、主人公は辛い経験を知らない子どもではありません。両親を亡くし、厳格な伯母の家へ引き取られ、やがて交通事故で歩けなくなったと告げられます。最後まで笑顔でいる少女の物語というより、少女自身が喜びを見つけられなくなったとき、周囲がどう支えるかを描く作品です。
著者は米国の作家エレノア・H・ポーター。原題『Pollyanna』は1913年に刊行されました。全32章の英語本文はProject Gutenberg #1450で公開されており、登場人物の行動と最後の手紙まで確認できます。後年のアニメや翻案の記憶ではなく、1913年の小説に基づくあらすじと結末を紹介します。
結末を先に述べると、ポリアンナは専門的な治療を受けた後、歩けるようになっていく希望を手紙で伝えます。一方、伯母ポリーは長く対立していた医師と和解し、結婚します。本人のけがが「ポジティブ思考だけで治る」と描かれているわけではない点に注意して読みましょう。
孤児になった11歳の少女と、厳格なポリー伯母
物語の始め、11歳のポリアンナは父親を亡くし、母親の姉妹であるポリー・ハリントンに引き取られます。ポリー伯母は裕福ですが、自分の暮らしの規則を大切にし、少女を世話することを「義務」だと考えています。子どもが家にやって来る喜びより、正しく義務を果たすことが先に立っているのです。
ポリアンナがあてがわれたのは屋根裏の小さな部屋です。少女は厳しい指示に戸惑うものの、家の手伝いをするナンシーや、昔から家を知るトムと出会います。歓迎されているとは言いがたい環境でも、自分から他人に話しかけようとするところに主人公の性格が表れます。
ただし、伯母の態度を単なる悪役のように扱うのは適切ではありません。彼女には過去の家族関係によるわだかまりがあり、感情を表現することにも慣れていません。物語はポリアンナだけが変わる話ではなく、伯母も少しずつ関係を築き直していく話でもあります。
「喜びのゲーム」は杖から生まれた
ポリアンナがナンシーに語る「喜びのゲーム」は、亡き父親と続けていた遊びです。少女は以前、人形を欲しがっていたのに、寄付の荷物から出てきたのは小さな松葉杖でした。がっかりした少女へ父親は、自分はその杖を必要としていないことを喜べると教えたのです。
この出来事をきっかけに、親子はどんなときにも何か喜べる理由がないか探す遊びを始めます。重要なのは、ポリアンナが最初から簡単に喜べたわけではなく、父親から考え方を教わったことです。無理に笑顔を作る習慣ではなく、別の見方を試してみる遊びとして始まったと分かります。
ところが、この考え方にも限界があります。大切な人を失ったことやけがをしたことまで、すぐに喜ばなくてはいけないと押し付けるのは危険です。心配や悲しみを感じる権利と、小さな喜びを探す自由は両立すると捉える方が、後半の出来事にも誠実に向き合えます。
ジョン・ペンドルトンとジミー――孤独な大人たちの変化
少女は街の住人たちと知り合い、病気で寝ているスノー夫人や、周囲と距離を置くジョン・ペンドルトンに出会います。相手の困難を十分に理解できないこともありますが、話を聞きに行き、関わりを続けることで、人々の心に変化を起こしていきます。
ポリアンナは、身寄りのない少年ジミー・ビーンの家を見つけたいと考えます。ジョン・ペンドルトンは当初、少女自身と一緒に暮らすことを望みますが、ポリアンナは伯母のもとを離れません。その後、ペンドルトンとジミーの関係が変わっていくことで、家族の形を新しく築く可能性が生まれます。
登場人物の悩みは、ゲームを教えられた途端に魔法のように消えるわけではありません。理解の違いが残り、選択をする時間も必要です。相手の生活へ踏み込んで何でも決めるのではなく、関係が動き始めるきっかけを作ることに少女の役割があります。
交通事故と試練――ポリアンナ自身が喜べなくなる
原作第23章では、ポリアンナが学校からの帰り道、走ってきた自動車に衝突する事故に遭います。本人のけがは深刻で、しばらくして歩けない状態だと告げられます。これまで人へ前向きな見方を勧めてきた少女が、自分の苦しみの中では喜べる理由を見つけられなくなるのです。
その反応は、少女が今まで偽物の明るさを演じていたという意味ではありません。自分の人生が大きく変わったと知らされれば、怖くなったり悲しくなったりするのは自然なことです。喜びのゲームを知っている人でも、深い悲しみを感じることはあると物語は描いています。
一方で、彼女からゲームを教わった人々が、今度は少女を励まそうと動き出します。ポリアンナが街の人へ渡したものが、困難なときには本人へ返ってくるのです。個人の心の持ち方だけでなく、互いに支え合う関係の価値がはっきり表れます。
ポリー伯母とチルトン医師――誰が助けるのか
ポリー伯母と医師のチルトンは、以前に親しい関係でしたが、長く仲たがいしていました。チルトンはポリアンナのけがについて専門家へつなぐ可能性を考えているものの、伯母との関係が障害になります。大人の過去の対立が、子どもの医療上の選択にも影響しかねない場面です。
そこでジミーが話を伝え、ポリー伯母は判断を変えます。チルトンに会うことを認め、協力して治療を考えられるようになります。大切な人を守るために、過去の意地をいったん置いて行動を変えることが、伯母の成長として描かれています。
その後、ポリー伯母とチルトンは和解し、結婚することになります。これは少女が無理に二人を結び付けた成功談というだけではありません。互いの誤解や長い隔たりを見直し、以前はできなかった選択をしたことが重要です。なお、医療の描写は小説内の出来事であり、現実の病気やけがの回復を保証する情報ではありません。
最終章の手紙――ポリアンナは本当に歩けたのか
第32章は、治療先からポリアンナがポリー伯母とトムに送る手紙で終わります。そこには、ベッドから窓まで自分の足で歩き、六歩進めたという喜びが書かれています。いきなり何事もなかったように元気になるのではなく、回復の過程で歩けた最初の歩数が結末として示されます。
手紙には、治療のため長い時間を過ごしたことや、伯母たちの結婚式を見られたことへの感謝もあります。翌日はさらに歩きたいと願い、やがて家へ戻れることを期待しています。最後の希望は、楽観的な言葉だけでなく、治療を受け、少しずつ実際の動きが戻ってきた経験に結び付いています。
この結末を「明るく考えれば歩けるようになる」と説明してはいけません。けがや障害を抱える人へ前向きさを強要するのは、現実の苦しみを軽視してしまいます。周囲の助けを受けながら困難と向き合う姿を描くフィクションとして読むことが大切です。
まとめと原典――1913年の物語が示す喜びの限界と力
『ポリアンナ』は、エレノア・H・ポーターの1913年の小説です。主人公の「喜びのゲーム」は、以前人形を欲しがったときに松葉杖が届いた経験から始まりました。しかし事故によって少女自身が喜べなくなり、今度はそれまで関わってきた人々に支えられる展開へと進みます。
最終章ではポリアンナが治療先で六歩歩けたことを報告し、伯母はチルトン医師と和解して結婚しています。同じ時代の少女の成長物語として、『赤毛のアン』原作のあらすじと結末と読み比べても面白いでしょう。明るさだけでなく、関係が変わる過程に注目することで作品への理解が深まります。
原典:Eleanor H. Porter, Pollyanna(1913年、全32章英語本文/Project Gutenberg #1450)。書誌:Project Gutenberg作品記録。著者は1920年没で、日本における原作の通常の著作権保護期間は満了しています。既存の日本語訳やアニメ脚本は転載せず、原著に基づく独自の説明を用いました。