都会の喧騒から

考えるための言葉と、働くための知恵を。

ビル・ゲイツ「発見より大切なのは不公平を減らす応用」|2007年ハーバード卒業式演説

はじめに――ビル・ゲイツは「最大の進歩」を何で測ったのか

「人類の最大の進歩は、発見そのものではなく、その発見を不公平を減らすためにどう使うかにある」。ビル・ゲイツが2007年のハーバード大学卒業式で述べた考え方です。技術の新しさだけを称賛するのではなく、社会へ届ける過程を問い直す言葉として読めます。

ゲイツはマイクロソフトの共同創業者であり、当時すでに慈善活動にも深く関わっていました。卒業生に向けて、学生時代に世界の貧困や病気への理解が不足していたことを振り返ります。成功した企業家が自分の無知を語るという構成にも、演説の特徴があります。

この一節だけを見ると「発見に価値はない」と誤解されるかもしれません。しかし演説は科学の発見を否定せず、発見が持つ力を誰が受け取れるのかという問題へ話を進めます。何を作るかに加えて、誰が利用できるかを考えるための視点です。

原典は2007年6月7日のハーバード大学卒業行事

ビル・ゲイツ財団の公式サイトは、2007年6月6日付でハーバードでのスピーチ原稿を公開しています。ハーバード・マガジンは、6月7日の同窓会年次集会で実際に話された原稿と音声を掲載しています。財団側の原稿の日付と、大学側の記事が示す実際の式典の日付を区別しておく必要があります。

スピーチの冒頭では、大学に戻って学位を受け取るまで30年以上かかったと冗談を交えています。ゲイツは在学中にソフトウェア開発に取り組み、大学を中退して事業の道に進みました。この日授与されたのは名誉学位であり、通常の課程を修了したという意味ではありません。

笑いを誘う導入の後、話題は世界の格差へ移ります。彼が学生時代に十分知らなかったこととして、教育や医療の機会が奪われている人々を挙げます。自分のキャリアを語るだけで終わらず、卒業生の知識を何に使うのかを中心へ据えた演説です。

「発見より応用」――科学を否定した言葉ではない

公式原稿には「humanity’s greatest advances are not in its discoveries」という部分があり、続いて発見を不公平の縮小にどう応用するかが論じられます。原文の対比は、研究の価値を下げるためではなく、研究成果が社会へ届くまでを見通すためのものです。

たとえば病気の予防法や治療法が存在しても、それを必要とする人に届ける仕組みがなければ、救えるはずの命が失われることがあります。ゲイツは当時の世界の感染症や子どもの死亡を例に挙げます。知識の存在と、その恩恵を受けられることの間には距離があるのです。

ここで使われる英語は単純な所得格差だけを指す「inequality」ではなく「inequity」です。公平さを欠く状態という含みを持ち、健康や教育、機会の配分に関わります。社会の不均衡を単なる数字の差としてだけ読まないことが、演説を理解する手がかりになります。

善意だけでは足りない――複雑さが行動を止める

演説の中盤では、人々が悲劇に関心を示さないわけではないのに、行動へ移せない理由を考えます。ゲイツが強調するのは、問題が複雑すぎることです。助けたい気持ちがあっても、何をすればよいか分からなければ動けないという現実を見ています。

そのために必要なこととして、問題を見えるようにすること、解決策を見えるようにすること、行動の効果を確かめられるようにすることを述べます。「問題・方法・効果」の三つを明らかにする発想は、公益活動だけでなく仕事の改善にも応用できるでしょう。

もちろん、三つを整理すればすべての社会問題が解決するわけではありません。異なる利害、資金、制度、政治的な判断などが残ります。それでも大きすぎる問題を、人が理解し参加できる課題へ変えることは、行動の入口になります。

現代的な読み方――技術の成功を利用者の生活で考える

新しい技術が生まれると、性能や速度、話題性が評価されがちです。しかし、最先端の機能があっても、必要な人が使えなければ恩恵は限定されます。技術の価値を、発明した側の達成感だけで測らないという視点は、今も大切です。

たとえば教育のツールなら、何ができるようになったかに加えて、使えない人が取り残されていないかを確認できます。医療のサービスなら、便利になった人だけでなく、利用が難しい人への影響も考えられます。成功を「使える機能の数」から「実際に届いた価値」へ広げて測ることができます。

ゲイツ自身の別の発言は、当サイトの2004年ワシントン大学演説の解説で紹介しています。また、キュリー夫人のノーベル賞講演と比べると、発見を科学として確かめる仕事と、成果を社会へ届ける仕事を対照的に読むことができます。

まとめと出典――何を発見したかの先にある問い

2007年のハーバード大学でゲイツが語ったのは、科学と技術の進歩を、不公平を減らすための実践につなげる重要性でした。発見の価値を否定せず、その恩恵がどこまで届いているかを問いかけるスピーチです。

演説を仕事や学習に生かすなら、新しい方法を作った時点で満足せず、実際に役立っているかを確かめることが出発点でしょう。良い考えを良い結果へつなぐには、伝え方と仕組みも必要という教訓が残ります。

一次関係資料:Gates Foundation「Bill Gates – Harvard Commencement」(本人の公式演説原稿)、Harvard Magazine「Bill Gates tells 2007 Harvard graduates…」(式典での発言と音声への案内)。財団公開原稿と式典の発言記録には一部の言い回しが異なるため、長文の逐語引用を避け、短い原文と独自の日本語解説を用いました。

ほかの記事を探す

人物や作品を詳しく読むなら、それぞれの一覧へ。仕事の記事は分野から選べます。キーワードで探したい場合は、下の検索欄をご利用ください。

記事の記述・出典に誤りや疑問点がありましたら、お問い合わせから該当記事のURLと確認できる資料をお知らせください。内容を照合し、必要に応じて訂正します。

編集方針と運営者について →