はじめに――「9000本のシュートを外した」はどこから来た言葉か
「キャリアで9000本以上のシュートを外した」。マイケル・ジョーダンの失敗をめぐる言葉は、成功者の意外な告白として知られています。しかし、この長い一節の出所は1997年のNike広告であり、引退会見や自伝から自然に抜き出された言葉ではありません。
広告ではジョーダン自身の声で、外したシュート、敗れた試合、勝負を決めるシュートを外した経験が語られます。最後に失敗と成功の関係を示す構成です。失敗を怖がらなくてよいというメッセージだけでなく、広告として編集された表現だと知ることが出典確認の第一歩になります。
この記事ではCMの保存記録と当時のジョーダン本人の取材発言を確認し、なぜこの言葉が印象に残るのかを考えます。「本人が声に出した」と「本人が文章を一語一句書いた」は分ける姿勢を大切にします。
1997年Nikeの「9,000 Shots」――名言は30秒のCMだった
米国の放送・広告資料を収集するPaley Center for Mediaには、「NIKE: 9000 SHOTS {MICHAEL JORDAN}」という映像の所蔵記録があります。記録では1997年4月30日、約30秒の広告で、監督はマーク・ロマネクです。1997年という制作時期を、資料を残す映像アーカイブから確認できます。
映像では、背広姿のジョーダンが会場へ向かいながら、自身の失敗についてナレーションします。華やかな成功のイメージと、失敗の数を語る声が対照的です。「完璧なスター」に見える人物も、実際には多くの試合で挑戦を繰り返してきたという視点へ導きます。
この広告を、どこかの大学卒業式で即興的に話した名言として紹介するのは不正確です。言葉が流通するほど、発言の場所と媒体が消えやすくなるため、まずCMだと明示することが重要です。
9000本・300試合・26回――数字は公式成績と同じなのか
広告には、9000本を超える外れたシュート、約300試合の敗戦、勝負を決める場面で外した26回という数字が登場します。ところが、CMの脚本に含まれる数字を、そのまま厳密なキャリア通算記録として扱ってはいけません。当時の広告制作に即した表現だからです。
広告業界の記録では、脚本はコピーライターのジェイミー・バレットらが制作に関わったと説明されています。Paley Centerの所蔵情報にも制作・コピーのクレジットがあります。ジョーダンがCMでナレーションしたことと、すべての数字を本人が計算・執筆したことを同一視しないのが適切です。
また、広告は1997年に制作されました。その後のNBAでの出場成績まで含んだ最終的な生涯記録を、1997年のCMがあらかじめ表していたわけではありません。数字は発言の背景を示す材料ですが、最新の公式統計を示すデータ表ではないと理解した方がよいでしょう。
本人は何を伝えたかったのか――1998年の取材発言
1998年の『The New Yorker』に掲載された本人への取材では、ジョーダンが1997年のNike広告を気に入っていた様子が紹介されています。広告に登場する失敗の経験を見せ、子どもたちに失敗を恐れないでほしいという考えが語られています。広告に込めた目的を、本人の取材で別に確認できる点が大切です。
ここから分かるのは、失敗を積み重ねれば自動的に成功するという単純な公式ではありません。多くの場面でシュートを選び、外れたあとも練習や判断を続けてきたことが背景にあります。失敗が成功を保証するのではなく、失敗を経験しても挑戦を続けられるかが問われるのです。
競技での挑戦は、どんなときも無理をすることとは違います。怪我を抱えた選手にまで失敗を恐れず試し続けろと命じるのは、言葉の乱用でしょう。練習、休息、状況判断まで含めて挑戦を考える方が、実際の競技の姿に近づきます。
「失敗があるから成功する」をどう日常へ生かすか
仕事や勉強でも、結果が見えるところだけが人の評価になりがちです。完成した作品や成功した契約の裏には、試してうまくいかなかった案や、練習し直した経験があるでしょう。結果だけで能力を判断しない視点は、周囲の人を見るときにも役立ちます。
ただし同じ失敗を無制限に繰り返すのがよいわけではありません。何を試し、なぜ失敗し、次に何を変えるかが欠かせません。失敗を恐れないことと、失敗の原因を考えないことは正反対です。前回よりよい判断をする材料として経験を使いたいところです。
ジョーダンにまつわる別の言葉は、当サイトの「才能を発揮するには努力が必要」の出典検証、バスケットボールへの愛と引退会見の言葉で扱っています。伝聞で流通する名言と、本人の取材や広告など発言媒体を特定できる表現を比べられます。
まとめ・出典――失敗の数字を読む前に媒体を確認する
9000本以上のシュートを外したという言葉は、1997年のNike「9,000 Shots」広告でジョーダンが声に出した内容です。発言の場は広告であり、数字をそのまま公式最終成績とすることはできません。
ジョーダン本人は翌1998年の取材で、この広告に込めた意図として子どもたちが失敗を恐れないことに触れています。CMという表現形式を踏まえても、何度失敗しても挑戦を学びにつなげるという問題提起には意味があります。
出典資料:Paley Center for Media「NIKE: 9000 SHOTS」(1997年広告の所蔵・制作者記録)、The New Yorker「Michael Jordan’s Advertising Empire」(1998年本人取材)、WARC「Nike, Inc.: 9,000 Shots campaign」(広告事例)。CMの脚本には権利があるため長文を転載せず、短い一節と独自の日本語解説を掲載しました。