はじめに――スピルバーグの「直感はささやく」とは
映画監督スティーヴン・スピルバーグは、2016年のハーバード大学卒業式で、直感と良心を区別する言葉を残しました。「良心は何をすべきかを叫び、直感は何ができるかをささやく」という趣旨です。好きなことだけすればよいという意味ではなく、可能性を感じる心と倫理的な判断を一緒に働かせるという説明でした。
英語の原文には「Your conscience shouts」「your intuition whispers」という対比があります。直感を万能の正解として持ち上げるのではなく、本人はこの二つが協力して働くと述べています。直感だけを切り出して「心の声に従えばすべて正しい」とするのは、演説全体とは違う読み方です。
この言葉は2016年5月26日のハーバード大学の行事で語られました。大学の公式広報Harvard Gazetteには講演の全文記録があり、Harvard Magazineにも当日の発言が掲載されています。出典不明の映画監督の名言ではなく、本人が卒業生に向けた発言として確認できる言葉です。
2016年5月26日――ハーバードでの卒業式演説
ハーバードの記録によれば、スピルバーグは2016年の卒業行事で、映画の主人公にあるような「人物を決定づける瞬間」は現実にも存在すると話しました。ただし、映画のように数回だけではありません。毎日の小さな選択が人物像を形作るという見方でした。
スピルバーグ自身は若くして映画業界で仕事を始め、大学を離れた経験があります。後年、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校で学位を取得したことも、演説で冗談を交えて振り返っています。早くから仕事の方向を決めていたとしても、自分自身がどんな人間かを理解していたわけではないと語るところが重要です。
大学広報が記録した発言を読み進めると、直感の話だけでなく、歴史への関心、他者の経験に向き合うこと、友情や勇気にも話題が及びます。進路選択のテクニックだけを教える講演ではなく、どんな価値を持った人間になりたいかを問う内容でした。
「良心」と「直感」――二つを混ぜてはいけない理由
彼の説明では、良心は何をするべきかを伝え、直感は何ができるかという可能性に気づかせます。前者は行動の正しさを問い、後者はまだ実現していない選択肢を示すものとして描かれています。新しい道を思いついたことだけで、その道が倫理的に正しいと決まるわけではないのです。
例えば、新技術で便利なサービスを作れると思いついたとき、直感は事業の可能性を感じさせるかもしれません。一方で、利用者のプライバシーや不利益を考えるのは別の判断です。できることと、してよいことの間に問いを置くのが、この対比を今に生かす方法でしょう。
もちろん、直感だけで複雑な問題の結論を決めるべきではありません。資料を集め、他者の意見を聞き、事実を確かめる過程が必要です。直感を検証の出発点として扱い、良心と現実の証拠で判断を磨くと考える方が現実的です。
『カラーパープル』を語った理由――作品が使命へ変わる
スピルバーグは、初期の映画の多くが空想的な冒険や娯楽を描いていたことを振り返り、1985年の『カラーパープル』に取り組んだ経験に触れました。この作品を通じて、自分の想像だけでは知らなかった人間の経験に向き合ったと説明しています。映画を作ることが、観客へ何かを伝える使命にもなり得ると気づいた転機です。
ここで言う使命は、娯楽映画には価値がないという否定ではありません。本人は以前の作品も否定していないと明言しています。作品の楽しさを大切にしながら、歴史や社会にある痛みを見過ごさないという方向へ視野が広がったのです。
演説には「痛みを伴うものから目を背けず、調べ、問い直そう」という主旨の助言も出てきます。これは、意見が違う相手を理解しなくてよいという話でもありません。自分の想像力には限界があるからこそ、歴史と他人の経験から学ぶという主張につながっています。
現代に生かす――毎日の選択が「人物」を作る
人生が変わるような決断には、大きな転職や独立だけでなく、誰かへの接し方、約束を守るかどうか、知らない問題に目を向けるかどうかもあります。スピルバーグが映画の物語構造を使ったのは、性格は履歴書だけでなく、日々どんな選択を重ねるかで示されると伝えるためでしょう。
ただし、選択を一つ間違えれば人間の価値が決まるという意味ではありません。間違いに気づき、謝り、次の行動を変えることも選択の一部です。一度の失敗を運命とせず、修正できる余地を持つことが大切になります。
進路と価値観を考える記事として、ティム・クックの「自分の北極星を見つけよう」や、ボーズマンの「仕事より目的を見つけよ」も参考になります。自分の関心、目的、倫理をどの順番で考えるかを比較できるでしょう。
まとめと出典――直感は選択肢、良心は判断を照らす
「直感はささやき、良心は叫ぶ」という表現は、2016年5月26日のハーバード大学卒業行事におけるスピルバーグの発言です。直感の声を聞くことを勧める一方、良心との違いを明確にしたことが重要です。
自分の可能性に気づくことは大切ですが、その選択が他者にどんな影響を与えるかを考えることも欠かせません。何ができるかを探し、何をすべきかを吟味するという二段階の問いに、演説の価値があります。
出典:Harvard Gazette「6 memorable Harvard Commencement speeches」(2016年スピルバーグ演説の記録全文)、Harvard Magazine「Director Steven Spielberg addresses Harvard’s 2016 graduates」(2016年5月26日の取材記録)。原稿全文を転載したり、映画の台詞を本人の発言として混ぜたりせず、短い一節と独自の日本語解説で紹介しています。