はじめに――「自分らしく」と言われても困るとき
進路を決める時期になると、周囲から「自分らしく生きなさい」と言われることがあります。けれども、自分が何者なのかまだ分からない人にとって、その助言は少し難しいものです。俳優・監督のジョディ・フォスターは2006年のペンシルベニア大学卒業式で、人生の道は経験を通して少しずつ姿を現すと語りました。
演説終盤の「Use it to become who you are already」という英語を、ここでは「すでにある自分を、もっと自分らしく育てるために使おう」と説明します。憧れの他人を演じ続けることより、自分の経験や関心を引き受けることが主題です。
原典はペンシルベニア大学の機関広報『Almanac』に掲載された、2006年5月15日の卒業式演説全文です。本人が最後に別の歌手の歌詞も引用していますが、それは本人の創作した言葉ではありません。本記事では本人の発言と他者の作品を混同せず、長い引用を避けて背景を解説します。
迷いながら積み重ねた経験が道になる
フォスターは、大学卒業後にすぐ明確な進路が見つからなくても、人生はいつの間にか動き始めると語りました。経験するのは成功だけではありません。失望、思わぬ発見、気恥ずかしい失敗なども、その人を形づくる材料になります。最初から完成した人生設計を持っていないことは、出発できない理由ではありません。
演説には、経験をかばんに詰めていくような比喩が登場します。振り返ったときにはばらばらだった出来事に、少しずつ意味のある模様が見えてくるという考えです。その時点では無駄に見えた経験も、後に何かを選ぶ判断材料になる場合があります。
ただし、すべての苦労に必ず意味が生まれるという保証ではありません。危険な環境や健康を損なう状況からは離れる必要があります。つらい体験を美化せず、経験から何を受け取り、何を手放すか選べることが大切です。
物語を語ることが自分の仕事だった
フォスターは、自分が世の中へどう貢献できるのか考えた時期についても話しています。周囲の友人が社会運動に参加する一方で、自分は政治的な主張を前面に出すことに向いていないと感じていました。人と同じ方法で社会へ関わらなくてもよいのか、という問いを抱えていたのです。
やがて彼女は、自分が本当に好きなのは人の人生の細部を見つめ、物語を伝えることだと気づきました。映画で演じた人物たちを通して、自分とは違う経験を想像し、他者とつながったと語っています。仕事の価値を肩書や注目度だけでなく、他者への理解を深める作用から捉えている点が特徴です。
これは、映画をつくることが社会問題を自動的に解決するという意味ではありません。作品を受け取る人の反応は多様です。それでも、誰かの視点を知り、これまで見えなかった暮らしへ関心を向けるきっかけになることがあります。自分にできる表現から社会と関係を築く方法として考えられます。
「他人の期待」をどこまで引き受けるか
進路を選ぶ際、親や先生、恋人、職場の先輩の期待は無視できません。助言には有益なものもあります。しかし演説でフォスターは、その道は他人の持ち物ではないと強調しました。関係者の意見を聞くことと、自分の人生の決定権を相手に渡すことは違います。
例えば、安定した仕事を望む家族の気持ちを理解しながら、別の職種を検討することはできます。その際は収入や学習に必要な時間を調べ、無理のない選択肢を考えます。自分らしく生きることと、周囲への責任を果たすことは必ずしも対立しません。
また、自分の本音は一度考えただけで分からない場合もあります。得意なこと、苦手なこと、続けたいことを実際の経験から確かめる。その繰り返しによって、選びたい道の輪郭がはっきりしていきます。自分らしさは生まれた時点で固定された答えではなく、考え直せる方向性なのです。
大きな目標を小さな経験につなぐ
まず、最近心が動いた場面を思い返してみます。人の話を聞いていたときなのか、何かを作っていたときなのか、難しい問題を整理していたときなのか。立派な肩書ではなく、実際に面白いと感じた行動から自分の関心を探る方法です。
次に、一度試せる行動に落とします。文章を書く、小さな活動に参加する、経験者へ話を聞く。それぞれに結果が出なくても、自分が何を感じたかは残ります。憧れの人物の経歴を再現しようとするより、手元の小さな経験を増やすほうが判断材料になります。
未経験の挑戦に迷うならナタリー・ポートマンの2015年ハーバード講話、夢の形が変わることに戸惑うならコナン・オブライエンの2011年卒業式演説も関連します。同じ進路の話でも、出発点と経験後の選び直しは別の問題として比べられます。
まとめ――人生を誰かの模倣にしない
ジョディ・フォスターの演説は、最初から自分を完全に理解しておくことを求めていません。成功も失敗も含む経験を重ねるうちに、自分の進路が形づくられていくという見方を示しています。
他人を尊敬することはよいことですが、その人と同じ人生になる必要はありません。仕事や人間関係を通して自分の関心を知り、必要に応じて方向を変える。他人の期待から自由になるとは、責任を放棄することではなく、自分で選び取ることなのでしょう。
出典はペンシルベニア大学『Almanac』掲載「Filling your Life with your Passions」(2006年5月15日)です。本人の短い表現のみ引用し、演説で引かれた歌詞を転載せず、本文は独自の日本語で解説しました。