はじめに――人生に「勝者」はいるのか
仕事でも勉強でも、結果を競う場面は少なくありません。目標を達成すれば勝ち、達成できなければ負けと考えるほど、人生全体まで一つの順位表で測りたくなるものです。コメディアンのスティーヴン・コルベアは2011年のノースウェスタン大学卒業式で、人生を即興劇にたとえて、その勝ち負けという発想に問いを投げかけました。
彼が述べた短い言葉は「Life is an improvisation」。日本語なら「人生は即興劇だ」という意味です。演説では、何が起こるか分からない中で周囲の人と場面をつくっていくことを説明しています。将来を予測できないから投げやりになろうという意味ではなく、予測不能な状況で人と協力する姿勢が重要です。
発言は2011年6月17日の大学卒業式で行われました。ノースウェスタン大学の広報誌と同大学コミュニケーション学部の記録に主要な発言が残り、当時の新聞には講演の全文文字記録が公開されています。大学の一次記録と新聞の文字起こしを区別し、本人の比喩を読み解きます。
卒業式でも失敗談を笑いにした理由
コルベアは自身の学生時代を振り返り、卒業式当日に学位記がもらえなかったという体験を冗談交じりに語っています。必要な単位をまだ取り終えていなかったことが理由でした。成功者が壇上に立ち、過去の失敗を隠さず笑いに変えたという構図は、卒業生へのメッセージそのものになっています。
式典の演説には、大学生活や当時のニュースを題材にした大げさな冗談も含まれています。もちろん、すべての発言を文字どおりの事実として記録するのは誤りです。笑いのために誇張した部分と、卒業生へ伝えようとした助言を分ける必要があります。
失敗を笑いにできるようになるまでには、時間がかかることもあります。今まさに困っている人に、すぐ笑って受け入れろと要求するのは違うでしょう。過去の失敗で自分の価値が決まるわけではないという距離の取り方が、この経験談の参考になる点です。
即興劇で最も大切なのは相手の存在
演説の核心は、即興劇の経験から得た教訓です。彼は、即興劇の舞台で自分が一番大切な人物だと思わないよう教えられたと説明しました。むしろ、共演する相手へ注意を向け、その人を引き立てることで場面が生まれるというのです。自分の見せ場だけを探していると、相手の提案を受け取れなくなるのです。
この考え方を象徴する短い表現が「You cannot win improv」です。即興劇は、誰かが他人を打ち負かして勝つ競技ではありません。共演者が互いの発言を受け止め合うことで、一人では思いつけなかった展開へ進める点に面白さがあります。
ただし、人を引き立てることは、いつも自分を後回しにしなければならないという意味ではありません。演説でも、自分自身もまた舞台上にいて、相手から支えてもらえると語っています。互いを支え合う関係と、一方だけが犠牲になる関係を混同しないことが大切です。
夢が変わることを失敗と呼ばない
コルベアは大学時代に思い描いた自分の未来と、実際の仕事や暮らしが大きく異なることを笑いながら話しました。理想の住まいや演劇活動の形は変わったものの、現在の生活にも満足していると述べています。夢が以前と違う形になったからといって、人生全体が失敗したわけではありません。
逆に、若い頃の夢を実現した人が、そこで人生の最終的な勝者になるわけでもないと語っています。目標を達成しても、新しい問題が現れたり、関心が変わったりします。夢の達成を人生の終点と考えなければ、その先の変化にも向き合いやすくなるでしょう。
人生には自分の選択だけでは変えられない条件もあります。病気や家庭の事情、社会環境によって計画の変更を迫られることもあるでしょう。計画どおりに進まなかった人を敗者とみなさず、経験から新しい選択を考えるという姿勢が必要です。
仕事と日常で「協働する即興」を試す
会議で自分の案を通そうとするとき、相手の言葉を反論の材料としてしか聞けない場合があります。まず「その提案で何を実現したいのか」を確認してみましょう。相手の意図を受け取り、自分の案を重ねることで、二人の考えを超える解決策が生まれることもあります。
予想外の仕事を頼まれたときは、状況を整理したうえで小さな一歩を試します。すべてを一度に決めようとせず、結果を見て調整する。即興とは何も準備しないことではなく、変化に合わせて応答する力として考えられます。
同じ2011年の卒業式で、コナン・オブライエンは失望と進路の変化を語りました。またミスター・ロジャースの他人の前進を助けるという考えは、協働の別の側面を示します。自分の目標と、同じ場面にいる人たちの目標を両方見ることが大切です。
まとめ――人生は誰かを倒す競技ではない
コルベアが2011年の卒業式で伝えたのは、努力や目標を捨てようという提案ではありません。人生の価値を勝敗だけで測るのではなく、誰と何をつくり、何を大切にできるかを考えようという呼びかけです。
即興劇のように人生の次の場面を完全に予測することはできません。それでも、相手の話を聞き、自分にもできることを考え、変化に合わせて選び直せます。一人で正解を独占するより、一緒に進める相手を増やすことに意味があるのです。
出典はノースウェスタン大学公式広報の演説抜粋とシカゴ・サンタイムズ掲載の講演文字記録です。大学の記録を一次資料、新聞の文字起こしを補助資料として区別し、長文引用は避けています。