はじめに――困難を乗り越える力は生まれつきか
失敗や予期せぬ出来事に出会ったとき、「自分は打たれ弱いのだろうか」と思うことがあります。しかし同じ人でも、助けてくれる人や周囲の環境によって、状況への向き合い方は変わります。シェリル・サンドバーグは2016年のカリフォルニア大学バークレー校の卒業式で、逆境への適応力を筋肉にたとえて語りました。
原文の短い表現は「You are not born with a fixed amount of resilience」。ここでは「レジリエンスは生まれたときに決まった量だけ与えられるものではない」と説明します。「筋肉のように育つ」という見出しは、続く本人の比喩を含めた日本語での要約です。
2016年5月14日の大学全体の卒業式で、当時Facebookの最高執行責任者だったサンドバーグが行った講話です。大学が公開する演説原稿と公式映像があり、日時と発言を確認できます。本人の経験から生まれた助言であり、困難を抱える全員に同じ回復過程を約束した医学的な説明ではないことを押さえて読みます。
個人の喪失から話し始めた理由
サンドバーグは演説で、前年に夫を突然亡くした経験を初めて公の場で語りました。通常の卒業式なら仕事の成功や進路を話すところを、悲しみの中で何を学んだか伝えたいと話したのです。華やかな場で、仕事上の成果とは異なる人生の難しさを共有したことが、この演説の背景です。
彼女は、その後しばらく深い悲しみを感じ、考えることさえ難しい時間があったと振り返っています。一方で、身近な人々に支えられたことや、日常生活で少しずつ喜びを見いだす瞬間もあったと述べました。悲しさが消えたから前へ進めたのではなく、悲しさが残るなかにも別の時間があったという経験談です。
ただし、喪失を経験した人が必ず同じ反応をするわけではありません。悲しみ方や必要な支援は人によって異なり、回復を急がせることは望ましくありません。本人の言葉を勇気づける材料として読むことと、他人に同じ立ち直り方を強制することは別です。
逆境を考える「三つのP」とは
演説では、心理学の研究を参考にしながら、困難な出来事に向き合うときの三つの思考傾向を紹介しています。その一つが「personalization」、起きたことを何でも自分のせいにしてしまう傾向です。自分が責任を負うべき行動と、自分では防げなかった出来事を区別することが大切になります。
二つ目は「pervasiveness」、悪い出来事が人生のすべての領域を支配していると感じることです。ある仕事で失敗したとき、友人との関係や自分の得意分野まで否定する必要はありません。問題の影響が及んでいる範囲をできるだけ具体的に確かめることが、判断を助ける場合があります。
三つ目は「permanence」、いまの苦しさがこの先ずっと変わらないと決めつけてしまうことです。ただし、実際に長期的な困難が続く場合もあります。時間がたてば自然に何でも解決するという意味ではなく、未来の変化の可能性を最初から閉ざさないための見方です。
「筋肉」という比喩を誤解しない
サンドバーグは、レジリエンスが固定された能力ではなく、経験や学びを通して育てられると語っています。筋肉という言い方は、負荷や練習に応じて変化するものとして理解しやすい比喩です。気持ちの強さを生まれつきの性格だけで決めないための表現と考えられます。
ただし、筋肉と同じ仕組みで心理的な回復力が増えると証明した言葉ではありません。体調や人間関係、経済的な安定、利用できる支援などの条件も関わります。本人の努力だけで誰もがあらゆる困難を乗り越えられる、と受け取るのは適切ではありません。
周囲に頼ることも回復力の一部です。話を聞いてもらう、仕事の負荷を調整する、必要なら専門家に相談する。無理を重ねて耐えることだけが強さではなく、助けを求める判断にも意味があります。その点まで含めると比喩が現実的になります。
個人だけでなく組織と地域も支える
演説の最後でサンドバーグは、個人のレジリエンスだけでなく、組織や地域のレジリエンスも育てようと呼びかけました。問題に気づいたとき、誰かが対応してくれるだろうと見過ごすのではなく、できる役割を考えるという提案です。困難へ向き合う力は一人の内面だけに存在するものではないのです。
たとえば仕事で一人の担当者に負荷が集中しているなら、その人の我慢強さを褒めるだけでは不十分です。仕事を分担し、相談先を作り、休めるようにすることも必要になります。組織の仕組みを整えることと、個人の行動を見直すことは両方大切です。
他者との協力についてはエイミー・ポーラーの「一人ではできない」、不快感と対話の関係はサンドラ・オーの卒業式演説にもつながります。困難を「自分一人で解決する問題」に閉じ込めず、周囲と考えることが共通する教訓です。
まとめ――回復を急がず、支え合える形をつくる
2016年のサンドバーグの演説は、つらい出来事を簡単に前向きな話へ変えたものではありません。困難の中にいる人が、悲しみとともに暮らしながら新しい支えや意味を見つける可能性を語ったものです。
今日できることは、苦しいときの考えを一度言葉にしてみることかもしれません。何を自分のせいにしているのか、問題がどこまで広がっているのか、誰に助けを求められるのかを考えます。どれも無理に一人で実行する必要はなく、状況に合わせて選べる手段です。
一次資料はカリフォルニア大学バークレー校が公開した2016年5月14日の演説原稿と大学の当日報道に基づく紹介記事、同大学公式映像です。原文は短い一節だけ引用し、長文転載を避けて独自解説を記しました。