都会の喧騒から

考えるための言葉と、働くための知恵を。

グリム童話『三枚の羽』1857年版のあらすじと結末|地下のヒキガエルと王位を決める4つの試験

はじめに――なぜ三枚の羽で王様を決めるのか

グリム童話『三枚の羽』は、王様の三人の息子が王位をめぐって競い合う物語です。賢いとされる二人の兄と、愚かだと決めつけられた末の弟。王が三枚の羽を吹くと、兄たちは遠くへ進み、弟の羽だけが近くに落ちます。一見不利な場所に残された弟が、どうして最後に王冠を得るのかが見どころです。

この作品を初めて読む人は、王位を決める試験が一度では終わらないことに驚くかもしれません。美しい絨毯と指輪を持ち帰ったあとにも、さらに人間の姿をした相手や輪くぐりの場面が出てきます。最初の勝利だけでは物語の結末に到達しません。

今回は、ドイツ語原文が公開されている1857年のグリム童話集第63話『Die drei Federn』を対象にします。どの版の物語を読んだかを明示し、別の翻訳で補った筋を混ぜない形であらすじと教訓を整理します。

原典は1857年版『子どもと家庭のメルヒェン』第63話

参照したのは、ドイツ語版Wikisourceで公開された1857年の『三枚の羽』です。『Kinder- und Haus-Märchen』第1巻、1857年の第7版、344~347ページに当たる本文として提示され、掲載ページの原資料画像への導線もあります。作品番号、版、ページを具体的に特定できる資料です。

さらに福岡大学のグリム童話1857年版索引にも、KHM63『Die drei Federn』の項目があります。作品のドイツ語題名は直訳すれば「三枚の羽」で、日本語では「三本の羽」など異なる表記が用いられる場合もあります。訳題の違いだけで別作品だと考えないことが大切です。

今回の解説は、1857年版の原文の内容を独自の日本語で説明したものです。現代の日本語訳や挿絵は転載していません。グリム兄弟の原著は著作権保護期間を終えていますが、現代の翻訳・絵本の表現には別の権利がある点も区別します。

最初の試験――三枚の羽が示した行き先

年を取った王には三人の息子がいます。二人の兄は賢いと言われますが、末の弟は口数が少なく、周囲から軽く見られています。王は跡継ぎを決めるため、最も美しい絨毯を持ち帰った息子に王位を与えると宣言します。はじめから能力を公平に見ているとは言い切れない状況です。

王は城の前で三枚の羽を空へ吹き上げ、その飛んだ方向へ進むよう命じます。一枚は東、一枚は西へ飛び、弟の羽はまっすぐ飛んだあと、城から近い地面へ落ちます。二人の兄は遠くへ出かけ、弟だけがその場に残されました。距離の短さが必ずしも機会の少なさを意味しないことが、後で分かります。

弟が悲しみながら座っていると、羽の落ちた場所の近くに地下へ通じる戸を見つけます。階段を下り、扉をたたくと、そこには大きなヒキガエルと小さなカエルたちがいました。遠くを探さずに、目の前の場所を確かめたことが物語を動かすのです。

地下のヒキガエルと絨毯――最初の逆転

地下にいる大きなヒキガエルは、弟の希望を聞いて小さなカエルに箱を持ってこさせます。その箱から現れたのは、人間の世界では織れないほど美しい絨毯でした。弟は感謝して地上へ戻ります。必要なものを得られたのは、力ずくで奪ったからではなく、相手に頼んだからです。

一方、二人の兄は弟にできることはないと決めつけ、十分な努力をしません。近くの羊飼いの女性が持っていた粗い布を持ち帰ります。王の前で比べると、弟の絨毯は圧倒的に美しく、王は弟が国を継ぐべきだと考えます。賢さという評判と、実際の行動の丁寧さが逆転する場面です。

ところが兄たちは納得せず、弟には王になる能力がないと言って新しい条件を求めます。王もその訴えを受け入れてしまいます。最初の勝者が認められず、能力以外の先入観によって試験が延びるという不公平さが描かれます。

二番目の試験――指輪を見つけたのは誰か

次に王が求めるのは、最も美しい指輪です。羽は再び同じ方向に飛び、弟は地下のヒキガエルを訪ねます。ヒキガエルはまた箱を開き、宝石の輝く指輪を渡します。前回の経験を頼りに、弟は同じ相手へ助けを求めることができます。

兄たちは今回も手を抜き、古い車輪から取り外した輪を持ち帰ります。それは宝石の指輪と比べようもない代物です。王は再び弟を後継者にすると判断しますが、兄たちはなお不満を募らせます。自分たちが十分に努力していないことは、彼らの主張では問題にされません。

物語の「賢い兄」と「愚かな弟」という呼び名は、この二度目の試験でいっそう疑わしくなります。弟は知識を誇るわけではありませんが、困ったときに頼める相手と、目標までの道筋を見つけています。他人からの評価ではなく、行動の結果が人物像を描き直すのです。

三番目の試験――黄色いカブと六匹のネズミ

王は三度目に、最も美しい女性を連れてきた息子に王位を与えると告げます。現代の読者から見れば、人間を美しさで比べる試験そのものに違和感があるかもしれません。昔話の筋を紹介することと、その価値観を無条件で肯定することは別です。

弟がヒキガエルを訪ねると、今度は中身をくり抜いた黄色いカブと六匹のネズミを渡されます。弟は戸惑いますが、小さなヒキガエルの一匹をカブの中に座らせるよう言われ、そのとおりにします。するとカエルは美しい女性に、カブは馬車に、ネズミは馬に変わりました。一見関係なさそうな贈り物が、組み合わせによって姿を変える場面です。

弟はその女性を連れて王のもとへ戻ります。兄たちはここでも適当に選んだ農村の女性たちを連れ帰るだけで、王は再び弟を選びます。この場面には美貌で女性を評価する古い価値観も含まれており、現在の人間の価値を測る基準として扱う必要はありません。

最後の試験――輪を跳ぶ場面の意外な結末

二人の兄は三度の敗北でも諦めず、広間の中央に吊るされた輪を、連れてきた女性が跳び越えられるかで決めたいと要求します。王はこれも認めます。絨毯、指輪、女性という三つの試験のあとに、さらに輪くぐりが続くことが1857年版の重要な特徴です。

兄たちは農村の女性なら丈夫で、弟の連れの女性は華奢だから無理だろうと考えます。しかし先に挑んだ二人はうまくいかず、けがをしてしまいます。女性たちは、王位争いのために勝手な期待を背負わされているとも読めます。他人を試験の道具にすることの危うさが、現代の読者には目につく場面です。

弟が連れてきた女性は、鹿のように軽やかに輪を通り抜けます。兄たちもこれ以上は反論できず、弟が王冠を受けます。作品の最後は、弟が長いあいだ賢明に国を治めたという結びです。最初は愚かと呼ばれた人が、最後には賢い統治者として描かれる逆転で終わります。

教訓――能力を決めつけず、助けを受け取る力を見る

この話は単純な「がんばれば成功する」物語ではありません。弟は一人ですべてを解決したわけではなく、地下のヒキガエルの助けを何度も受けています。自力で何でもできることだけが、能力の証明ではないのです。

一方、兄たちは「自分たちは賢い」という評判に安心し、調べることや相手の話を聞くことを怠ります。最初に付けられた評価を信じすぎると、目の前の機会を見逃すこともあるでしょう。自信と油断の違いを、二人の兄の行動から考えられます。

同じグリム童話でも、『金のガチョウ』は王女を笑わせることから物語が進み、『金の鳥』ではキツネの助言が重要になります。動物の助けが出てくる点は似ていても、試験の仕組みや結末は異なるため、独立した作品として読み比べる価値があります。

まとめ――三枚の羽が示したのは、近くにある可能性

1857年版『三枚の羽』では、王の三人の息子が絨毯、指輪、女性をめぐる試験に挑み、最後には輪くぐりで王位が決まります。最初に羽が近くへ落ちた弟は、地下のヒキガエルと出会い、必要な助けを得て何度も勝利します。軽く見られた人の価値が、行動によって明らかになる物語です。

確認資料はグリム童話1857年第7版、第1巻344~347ページのドイツ語本文と福岡大学の1857年版作品索引です。対象となる版・本文・作品番号を確認できたため、出典タグは確認済みとしました。現代の翻訳本文やイラストを転載せず、原文から独自にあらすじを作成しています。

弟が勝つことの全てを、立派な人格の証明と考える必要はありません。王や兄たちの不公平さ、女性を評価の対象とする古い考え方にも目を向けられます。それでも、周囲が決めた呼び名を真実だと思い込まないという視点は残ります。可能性は、遠くまで走った人だけに開けるとは限らないのです。

ほかの記事を探す

人物や作品を詳しく読むなら、それぞれの一覧へ。仕事の記事は分野から選べます。キーワードで探したい場合は、下の検索欄をご利用ください。

記事の記述・出典に誤りや疑問点がありましたら、お問い合わせから該当記事のURLと確認できる資料をお知らせください。内容を照合し、必要に応じて訂正します。

編集方針と運営者について →