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桐生祥秀「試合前のルーティンを決めない」|2017年本人取材と9秒98の背景

はじめに――ルーティンを決めないトップ選手の意外な考え方

大切な試験や仕事の発表を前にすると、いつもの行動を一つも変えないようにしたくなることがあります。決まった時間に起き、同じものを食べ、決めた順番で準備する。ところが、陸上男子100メートルで日本人初の公認9秒台を記録した桐生祥秀は、2017年のインタビューで試合前の行動を細かく固定しないという考え方を語っています。

これはルーティンを持つ人への批判ではありません。桐生は、予定した手順を守れなくなった場合に不安が増えることを避けるため、自分に合った準備を選んでいました。最高の成果を出す人が全員同じ準備をするわけではないという点が、この発言の面白さです。

この記事は東洋大学が2017年11月10日に公開した本人インタビューと、日本陸上競技連盟の2017年9月10日付競技報告を確認し、本人の発言と記録、日常生活への応用を区別して読み解きます。

9秒98を記録した2017年9月9日の状況

2017年9月9日、福井県で開かれた日本学生陸上競技対校選手権の男子100メートル決勝で、東洋大学4年生だった桐生は追い風1.8メートルの条件で9秒98を記録しました。日本陸連は、公認記録として日本人初の9秒台であり、当時の日本新記録だったと説明しています。

速報表示では9秒99でしたが、確定した記録は9秒98。1998年に伊東浩司が記録した10秒00を19年ぶりに更新しました。わずかな時間差にも見えますが、100メートル走で「10秒を切る」ことが大きな節目だったのは、長く越えられていなかった記録上の境界だからです。

日本陸連の競技報告は、桐生が左脚に不安を抱え、決勝への出場をぎりぎりまで相談していたことも伝えています。数字だけを見れば順調な記録更新に見えても、当日の判断は単純ではありませんでした。結果を後から知っている私たちが、レース前から成功が約束されていたように語らないことが大切です。

本人が語った「ルーティンを決めない」理由

東洋大学の本人インタビューで、桐生は競技前に行うルーティンを決めないようにしていると説明しています。大会ごとに天候やウォーミングアップの時間は変化します。細かな手順に頼りすぎると、予定どおりできなかったとき不安になると考えていたためです。

その一方で、試合前に音楽を聴く習慣はあるとも語っています。ただし、どの曲を何分聴くかまで固定してはいません。ここから分かるのは、習慣を完全になくすのではなく、変化しても困らない余地を残しているということです。

「毎朝同じ時刻に同じ行動をすべきだ」という方法が合う人もいます。しかし桐生のように、決まりが増えすぎることを負担と感じる人もいるでしょう。大切なのはルーティンの有無ではなく、自分にとって実際に役立つかどうかを確かめることかもしれません。

プレッシャーを「今の自分への挑戦」と捉える

インタビューでは、桐生自身は大会で大きなプレッシャーを感じないと話しています。普段の練習では100メートルを正確に全力で走りきる機会が限られ、試合が今の自分の速さを知る場になるという説明でした。他人の期待だけでなく、自分の現在地を確かめる機会として本番を見ていたのです。

また、結果が思いどおりにならなければ再び練習できる、という考え方も語りました。これは失敗を軽く見るというより、一回の結果で自分の価値のすべてが決まるわけではないと考えていたことを示唆します。ただし、本人が心理学の理論を述べたわけではありません。

誰もがプレッシャーを感じなくなるわけではありません。緊張しやすい人に「桐生選手は緊張しないのだから、あなたもそうすべきだ」と迫れば、かえって負担になるでしょう。一人の選手の実践は、万人に適用できる処方箋ではないことも押さえておきたい点です。

記録達成を最終目標にしなかった理由

日本陸連が記録した2017年9月の競技後コメントで、桐生は9秒台を達成した喜びを語りながら、世界大会で決勝に残るという次の目標にも言及しています。9秒台は終着点ではなく、世界と戦うための出発点として考えていたことが分かります。

東洋大学の11月の取材でも、今後のトレーニングや自分に合う走り方をまだ探したいという姿勢を話していました。大きな記録が出たからといって、方法まで完成したとは考えていなかったのです。成果を出した後も方法を試し続けるという態度は、成長の途中にいるという本人の認識とつながっています。

ただし、ここで「目標は常に高く更新しなければならない」と読み替える必要はありません。どこで満足するか、次を目指すかは人によって違います。桐生の選択を尊重することと、その選択をすべての人へ要求することは別です。

試験やプレゼンに応用するときの考え方

本番前の準備を仕事に置き換えてみます。プレゼン当日に会議室が変わったり、機材の準備が遅れたりすると、細かい段取りに強く依存している人ほど動揺するかもしれません。そこで、必ず確認することと、状況に応じて変えてよいことを分ける方法が考えられます。目的を守りながら手段に柔軟性を持たせるという発想です。

例えば、資料の内容と開始時刻は確認し、説明する順番や水を飲むタイミングには少し幅を持たせる。こうした整理は、桐生の陸上競技上の考え方から引き寄せた筆者の応用です。本人がビジネスの準備手順として推奨したものではありません。

また、安全性に関わる手順や業務上の必須チェックを省く理由にもなりません。スポーツ選手がルーティンを固定しないことと、現場の安全手順を守らないことは全く別です。自由に変えてよいことと、確実に守るべきことを見分ける視点が必要です。

同じアスリートでも準備と喜びの表現は違う

スポーツの名言としては、北島康介「チョー気持ちいい」の背景を解説した記事もあります。北島の発言は金メダル直後の感情に注目したものですが、桐生の今回の発言は本番までの準備方法と競技への向き合い方を示しています。

同じ一流アスリートでも、競技の特徴、本人の経験、話している時期によって言葉の意味は変わります。短い名言だけを集めて共通の成功法則にしてしまうと、本人らしい違いが見えにくくなるかもしれません。

そうした違いを踏まえて読むことで、真似できる部分と、自分には合わない部分を考えられます。大切なのは有名選手と全く同じ生活をすることではなく、その言葉が生まれた状況を知り、自分の現実に照らして考えることでしょう。

出典とまとめ――決まりを増やすだけが準備ではない

桐生祥秀の競技前の習慣と本番の捉え方を確認したのは、2017年11月10日付・東洋大学による本人インタビューです。競技結果とレース直後の発言は日本陸上競技連盟の2017年9月10日付報告で確認しました。本人インタビューと公式記録を別の資料として明示しています。

桐生の考え方は、ルーティンそのものを否定するものではありません。予定どおりにならない状況でも、自分の力を発揮できるようにしたいという判断です。細かな決まりは人を助けることもあれば、かえって不安にすることもあると気づかされます。

試験、仕事、競技など、私たちが大切にする本番にも変化はつきものです。すべてを固定するのではなく、守るべき準備と変えられる手順を見分ける。自分に合った方法を選ぶことも、準備の力の一つなのかもしれません。

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