はじめに――小さな手袋に、なぜ動物が入っていくのか
雪の積もった森に、おじいさんが落とした手袋が一つ。そこにねずみが入り、カエルやウサギ、キツネなどが次々と集まります。ウクライナの昔話として知られる『てぶくろ』は、日常にある小さな物が、動物たちの特別な家へ変わるという不思議な物語です。
それにしても、手袋は一匹ずつ増えても大丈夫なのでしょうか。どこまで大きくなり、最後はどうなるのでしょうか。物語を知っていても、絵本によって動物や結末が違うと聞くと驚くかもしれません。一冊の絵本の内容を、民話全体の唯一の筋と考えないようにしたいところです。
ここでは出版社が公開する1965年の絵本紹介と、公立図書館・国立国会図書館の書誌を比較し、あらすじと異版の存在を整理します。紹介文で確認できる範囲と、実際の全ページを読まなければ分からない範囲を分けて解説します。
ウクライナ民話『てぶくろ』――日本語の有名な絵本
福音館書店の作品紹介によれば、日本で親しまれている『てぶくろ』は、エウゲーニー・M・ラチョフが絵を描き、うちだりさこが訳した作品で、1965年11月に初版が刊行されました。1965年はこの日本語絵本の刊行年であり、民話そのものの誕生年ではありません。
国立国会図書館の書誌にも、福音館書店刊のウクライナ民話として掲載されています。昔話の筋を受け継ぎながらも、絵を描く人、訳す人が作品づくりに携わっています。昔話のモチーフと、特定の絵本に描かれた絵や文章は区別する必要があります。
こうした民話は、語り手や出版された本によって表現を変えながら広がります。日本の書店で長く読まれている一冊があることは、別の形で語られてきた歴史を否定しません。人気のある再話と、口承の物語そのものは同じではないのです。
あらすじ前半――雪の森に片方の手袋が残される
福音館書店の公開紹介では、森を歩いていたおじいさんが手袋を片方落とします。持ち主にとっては、冬に使う大切な防寒具をなくしてしまった出来事です。しかし雪の上に落ちているその手袋は、小さな動物には暖かそうな隠れ家に見えるのです。
最初に住み込むのはねずみ。人間の手を覆う大きさのものが、ねずみにとっては体を入れられる空間になります。現実の家ではありませんが、空想の世界ではそれでもかまいません。使う存在が変われば、同じ物でも役割が変わるところに想像力が働きます。
やがて別の動物も現れ、手袋の中に入りたがります。外は寒い森ですから、安心できそうな場所を見つけたくなるのでしょう。新しい仲間がやって来るたびに、最初は一匹だけだった場所がにぎやかになっていく展開が魅力です。
動物が増えるたび手袋がふくらむ――繰り返しの面白さ
出版社の紹介文では、ねずみに続いてカエル、ウサギ、キツネなどが加わり、最後には大きなクマまでやって来ます。人間の片手用の手袋にクマまで入るなんて現実には不可能ですが、そこが昔話の愉快なところです。
読む人は動物が一匹増えるたびに、もう入れないだろうと考えます。ところが次もまた入り、その次もやって来ます。同じ出来事を繰り返しながら少しずつ大きくすることで、次に何が起きるか楽しみになる構造です。
ただし動物の数や登場する順序まで、すべての本で同じではありません。公立図書館の調査事例は、複数の『てぶくろ』で登場する動物や結末が異なると報告しています。一つの版の細部を、ウクライナの民話全体に共通する定数として扱わないことが大切です。
結末――おじいさんが手袋を探しに戻ってくる
福音館書店の公開紹介は、手袋の中が動物でいっぱいになったところへ、おじいさんが落とし物を探しに戻ってくる場面までを示します。動物たちには家のようだった場所が、もともとは人間の持ち物だったと改めて分かる転機です。
その後の出来事は、どの再話を読んでいるかを確かめて語る必要があります。図書館の調査でも、絵本ごとに結末が異なることが指摘されています。特定の絵本の全ページを確認しないまま、細かな最後の行動やせりふを一つに決めないようにします。
それでも、一つの落とし物が森の生き物たちにとって特別な場所になったという面白さは変わりません。おじいさんが戻ってくることで、雪の森で始まった出来事が人間の日常とつながります。小さな物から広がった空想が、始まりの場面へ戻っていく構成として楽しめます。
1965年版とほかの絵本――同じ題名でも細部は違う
国立国会図書館の書誌には、2003年に刊行されたラチョーフの絵による別の日本語版もあります。同じ昔話でも訳者や本の構成は異なります。出版年と関わった作り手を調べると、どの本について話しているのかが明確になります。
また、2023年刊のジャン・ブレットによる再話もあります。書誌の紹介にはニッキという人物が登場します。1965年版の紹介では「おじいさん」と表現されているため、手袋を落とした人の呼び方にも、再話ごとの違いが見られると分かります。
これらの刊行年はそれぞれの絵本の発売時期であり、昔話の成立年代ではありません。今回は図書館の公開書誌と出版社の紹介文を使っていて、収録された全文を一字一句比較したわけではありません。未読の本に特有の展開を、確認済みの事実として作り足さないことが必要です。
まとめ――手袋一つから広がる世界を味わおう
『てぶくろ』は、雪の森で人間が落とした片方の手袋に、ねずみなどの動物が次々と入り込むウクライナの昔話です。小さな場所へ大きな動物まで集まる意外さに、子どもも大人も引き込まれます。現実にはあり得ない出来事を、繰り返しで少しずつふくらませていくところが魅力です。
動物たちが場所を分け合う様子から、ほかの存在を受け入れることを考えるのもよいでしょう。ただし、教訓を一つに決めなくても、物語は十分楽しめます。次にどんな動物が来るのか予想し、無理なはずの手袋が広がる面白さを味わうこと自体が豊かな読書体験です。
参考にしたのは福音館書店の作品紹介、国立国会図書館の書誌、公立図書館の異版調査です。公開されている紹介と書誌を確認した一方、口承原話や各再話の全文を独立に照合していないため、出典タグは要検証とします。