はじめに|ゲームで世界を変えるという大胆な発想
オンラインゲームで難しい敵を倒すために仲間と相談し、失敗しても何度も挑戦する。その熱意を、環境や社会の問題へ向けられないだろうか。ゲームデザイナーのジェーン・マクゴニガルは2010年のTED講演で、ゲームの中で発揮する協力と挑戦の力を現実に生かすという構想を語った。
講演の英語題名は「Gaming can make a better world」。TED2010で発表され、ゲームを単なる娯楽や時間の浪費として見る視点に疑問を投げかけた。ゲームが自動的に社会を改善するという証明ではなく、ゲームの設計から学ぶ提案である。
本記事ではTED公式の講演記録を主な出典として、壮大な勝利、協力、仕事への没頭、社会課題を扱うゲームの例をたどる。2010年当時のゲーム人口などの数字や将来予測は現在の確定値として扱わない。
ゲームの中ではなぜ挑戦を続けられるのか
マクゴニガルはオンラインゲーム『World of Warcraft』を例に、プレイヤーがログインすると、現在の能力に見合った課題と、協力してくれる仲間が待っていることを指摘した。何をすべきか分かり、達成できそうだと思えることが次の行動を促す。
ゲームには経験値、レベル、装備などのフィードバックがある。試行錯誤の結果が比較的はっきり見え、次の挑戦へつながりやすい。一方、日常の仕事では成果が見えなかったり、誰に相談すべきか分からなかったりする。努力と反応がつながって見えることが、継続する意欲を支えるという観察だ。
ただし現実の社会課題は、ゲームのように成功条件を明確に置けるとは限らない。課題の設定自体に利害の対立があり、結果がすぐ分からないことも多い。ゲームの楽しさをそのまま現実へ移植するのではなく、何が役立つかを切り分ける必要がある。
四つの力|楽観・つながり・没頭・大きな意味
講演では、ゲームが人に与えうる特徴として、今すぐ行動できるという楽観、仲間と協力する社会的なつながり、意味のある作業への没頭、大きな物語に参加する感覚が紹介される。ゲームの魅力を画面の映像だけでなく、参加者の行動を生む構造として捉えた。
困難な課題であっても、自分にできる次の一歩が見えると挑戦しやすい。誰かと同じ目標を共有すれば、一人ではできない仕事にも向き合える。少し難しい目標と仲間の存在を組み合わせることが、ゲーム設計の強みとして説明される。
またプレイヤーは、目の前の小さな作業が大きな物語へつながると感じられる。これは社会活動にも応用できる発想だが、四つの特徴がすべてのゲームやすべての人に等しく現れるというわけではない。講演者の整理として理解したい。
壮大な勝利とは何か|小さな達成と驚き
マクゴニガルが重視する「epic win」は、達成するまで想像できなかったほど大きな成功を意味する。ゲーム中、プレイヤーは困難な課題に取り組み、思いがけない成果を得ることがある。自分にここまでできるとは思わなかったという驚きを行動のエネルギーとして捉える。
この感覚は、単に高い得点を取ることとは違う。仲間と役割を分け、繰り返し失敗し、それでも攻略に成功したときの体験には、数字以上の意味がある。成果を自分だけの手柄ではなく、協力の結果として感じられる場合もある。
もっとも、現実の問題では勝った人がいれば負けた人がいるような単純な図式では測れない。環境政策や社会制度には多くの立場が関係する。達成感をつくることと、実際に問題が改善したかを確かめることは別である。
社会課題を扱ったゲーム|World Without OilとSuperstruct
講演者は実例として、2007年のオンラインゲーム『World Without Oil』を挙げた。石油供給に危機が起きたという架空の状況を設定し、参加者が自分の生活ならどう対応するかを考え、文章や写真などで共有する仕組みだった。現実に危機が起きたと断定せず、仮想の出来事を通じて選択を考える試みである。
もう一つの『Superstruct』は、人類の未来を脅かす危機を仮定し、参加者がエネルギーや食料、健康などの分野で解決策を想像するゲームだった。専門家だけでなく、多くの参加者に未来を考える役割を与える発想が共通している。
いずれの例も、講演時点では試験的な取り組みとして紹介されている。参加者がアイデアを出したことと、現実の問題を解決したことは同じではない。企画の面白さと、社会的な成果の検証を区別することが必要だ。
現実へ応用するなら|学びと仕事の設計
例えば学習では、大きな目標を達成可能な課題に分け、進捗を確認し、必要に応じて仲間と協力する仕組みを考えられる。難易度の調整と反応の見える化は、ゲームの外でも試せる工夫だ。
仕事なら、誰が何に貢献したのかを共有し、次にできる行動を具体化することから始められる。失敗をただ減点するのではなく、試行錯誤によって得られた知識も評価する。楽しそうな演出を追加するだけでは、働く人の意欲が高まるとは限らない点は忘れたくない。
関連して、キャロル・ドゥエックの成長マインドセットは、学習と挑戦を考える別の入口となる。マット・カッツの30日チャレンジも、小さな課題から始める実践例として比較できる。両者を同じ学説として扱わず、取り組みを設計する視点で読み比べたい。
まとめ|遊びの仕組みを、現実の参加へつなぐ
ジェーン・マクゴニガルの2010年TED講演は、ゲームの中で生まれる挑戦意欲や協力関係を、現実の社会課題にも活用できないかと問いかける内容だった。ゲームを社会問題の敵と決めつけず、設計から学ぼうとする視点に意義がある。
そのためには、達成可能な目標、仲間、進捗のフィードバック、参加する意味を考えることが出発点になる。ただし、参加者が楽しんだという評価と、現実の成果が上がったという証拠は分けて確かめる必要がある。
主な出典:TED公式「Gaming can make a better world」2010年講演、TED公式ブログ2010年3月の講演案内。講演時点の構想と例示を本人の発言として整理し、現在の事実や社会的な成果へ無条件に拡張していない。