はじめに|『すずめの戸締まり』の扉は何を意味するのか
新海誠監督の映画『すずめの戸締まり』には、日本各地の廃墟に現れる扉を閉めて回る旅が描かれる。扉は災いを防ぐための仕組みであると同時に、人が去った場所をどのように見送るのかという作品の問いを形にするものでもある。
なぜ「開ける」のではなく「閉める」物語なのだろうか。新海監督は2022年10月25日の完成報告会見で、人の減った町や使われなくなった建物を見て考えてきたことが、企画の出発点だったと説明している。監督が公式の場で語った制作意図を読むと、単なる冒険の仕掛けではないことが分かる。
この記事では東宝公式「完成報告会見」と映画.comの新海誠本人インタビュー(2022年11月12日)、監督公式サイトの2021年末の文章を照合する。本人の発言と作品への編集上の解釈を分けながら、扉・廃墟・震災の関係を整理したい。
「場所を悼む」発想はどこから生まれたのか
新海監督は『天気の子』公開後に各地を訪ね、以前より人が少なくなったと感じる風景を見てきたという。地元の長野でも、かつて賑やかだった場所が寂しくなっていく実感があった。人口が減っていく町の記憶が、映画の題材へつながった。
家を建てるときには地鎮祭のような儀式をするのに、場所が使われなくなるときには、それに対応する見送り方が必ずしもない。監督はその非対称さに関心を持ち、人のいなくなった場所を悼む役割を、物語の登場人物に担わせられないかと考えたと語っている。
ここでの「悼む」は、廃墟をただ懐かしむことではない。そこに以前いた人々の営みを想像し、終わりを受け入れる行為でもある。これは発言に基づく読解であり、現実の全ての廃墟に同じ思いがあると決めつける意味ではない。
なぜ扉を閉じるアクションになったのか
『すずめの戸締まり』では、鈴芽が各地で扉を閉める。場所を見送るという静かなテーマを、そのまま映像にすると動きが乏しくなりかねない。監督はインタビューで、悼むという行為を観客が見て分かる動きに変えることを考えたと説明している。
扉には、こちら側と向こう側を分ける働きがある。開いた扉を閉じて鍵をかける行為は、今そこにある危険への対応であるとともに、過ぎ去った時間へ区切りをつけるようにも見える。後者は映画を読むための一つの解釈であり、監督の言葉を逐語的に言い換えたものではない。
また監督は、単に場所の喪失を描くだけでなく、観客が楽しめる映画として成立させることを重視した。扉を閉じる行為は物語の目的を明確にし、旅の各所で同じ動作が繰り返されることで、異なる土地に積もった記憶を一本の冒険へ結びつけている。
なぜ東日本大震災を直接扱ったのか
監督は2022年のインタビューで、2011年3月11日の東日本大震災が自分のものの見方を大きく変えたと振り返っている。『君の名は。』や『天気の子』にも災害が形を変えて現れていたが、『すずめの戸締まり』では現実の震災をより直接的に扱った。
重要なのは、映画で描かれた災害と実際に被害を受けた人々の経験が同じだと主張するものではない点だ。監督自身も被災当事者として経験したわけではないことを別の取材で説明している。創作から震災を想像することと、当事者の経験を代弁することには距離がある。
時間が経ったからこそ、この題材を作品として届けられるのではないかという思いも、取材で語られている。誰もが映画によって癒やされるとは限らない。それでも忘れられていくことにどう向き合うかという問いを、監督はエンターテインメントの形に託したと読める。
旅の形式と、鈴芽・草太の関係が持つ役割
映画は鈴芽が九州から日本各地へ進んでいくロードムービーでもある。監督は、土地の喪失を描くにはいくつもの場所を訪ねる構造が自然だったと説明している。一つの街の問題として閉じず、異なる場所に共通する変化を体験する形式になっている。
草太との関係については、従来の恋愛物語とは違う「相棒もの」として考えたという。旅を進めるには二人が関わり合う必要があり、個人の内面だけでなく、他者との協力が物語を動かすことになる。
監督はまた、鈴芽と叔母の環との関係に関心を持った背景として、自身の年齢や家族観の変化に触れている。人間関係の描き方が変わることは、前作を否定することではない。作り手が人生の段階に応じて、新しく描きたくなる関係を見つけたと理解する方が自然だ。
新海誠が語った映画館という場所の意味
新海監督は2021年末の公式サイトで、『すずめの戸締まり』を制作していることを報告するとともに、劇場で映画を見る体験に思いを寄せている。配信で作品に触れられる時代でも、劇場でしか生まれない映画体験があると考えていた。
人が集まる場所の記憶を描く映画を、多くの人が同じ空間で見るという点にも興味深い重なりがある。ただし、監督自身がこの二つを直接結びつけて説明したわけではない。作品の主題と公開の方法を重ねるのは編集上の考察だと断っておきたい。
同じアニメーション監督の作品づくりを別の角度から知るなら、宮崎駿の2014年アカデミー名誉賞スピーチに関する記事も読める。紙と鉛筆の時代への言及と、劇場体験への関心は同一ではないが、表現手段の変化と作品の受け取られ方を考える手掛かりになる。
まとめ|扉を閉めることは忘れることではない
新海誠監督が語った『すずめの戸締まり』の着想は、人が去った町や建物を見て、そこをどのように悼めるかと考えたことにあった。扉を閉じるという動作は、場所の記憶に向き合う行為を映画のアクションに変えたものと読める。
2011年の震災と向き合ってきた制作歴、各地を巡る旅の構造、鈴芽と草太の相棒としての関係は、その主題を観客へ伝えるために組み合わされている。過去を消し去るのではなく、過去があったことを認めながら先へ進むという読みができる。
主な出典は東宝の2022年10月25日完成報告会見、映画.comの本人インタビュー、新海誠公式サイトの2021年末の文章。公開された一次的な発言記録を中心に、映画の映像や台詞の長文転載は行っていない。