はじめに|「やってみなはれ」は誰の言葉なのか
「やってみなはれ」。仕事で新しいことを提案されたとき、この一言ほど背中を押す言葉はないかもしれない。サントリーが創業者・鳥井信治郎から受け継いだ言葉として紹介している。まだ確かな結果が見えなくても、まず挑戦する余地を認めるという姿勢が、この短い言葉に込められている。
ただし「好きなことを何でもすればいい」という無条件の許可と読むと、サントリー自身の説明から外れてしまう。同社の採用情報は、この言葉とともに「みとくんなはれ」という責任を引き受ける姿勢を紹介している。挑戦を促す声と、やり遂げる側の覚悟をセットで考える必要がある。
出典として確認するのは、サントリー公式の企業活動紹介とサントリー食品インターナショナル系の採用情報である。いずれも創業者の発言を紹介する企業側の記録であり、当時の録音や自筆の書簡まで直接確認したものではないという資料の性質を区別する。
「やってみなはれ」の意味は失敗を無視することではない
関西の語感を持つ「やってみなはれ」は、挑戦してみなさい、まず試してごらん、という呼びかけとして受け取れる。大切なのは「必ず成功する」という保証を含まないことだ。挑戦には不確実性があるという前提を、むしろ正面から受け入れている。
新しいサービスを始めたいが需要が読めない。改善案を試したいが、従来の方法のほうが安心だ。そのような場面では、失敗しない計画ができるまで待つだけで時間が過ぎていく。この言葉が示すのは、結果を確約できないことと、着手すべきでないことを同一視しない姿勢だと考えられる。
もちろん、人の安全や多額の資金に関わる行為まで無計画に始めてよいわけではない。企業が掲げる挑戦精神を、危険を見落とすための言い訳にしては本末転倒である。十分な準備をしながら、準備だけで行動を終わらせないという理解が現実的だ。
鳥井信治郎と佐治敬三|公式資料に残る発言の場面
サントリーの公式企業活動ページは、二代目社長となる佐治敬三がビール事業への挑戦を打ち明けた際、鳥井信治郎が「やってみなはれ」と応じた場面を紹介している。同ページには創業者と後継者の関係を示す説明があり、挑戦を誰かに任せる場面の言葉として伝えられている。
この場面を読むと、鳥井が自分で取り組んできた仕事と、次の世代の挑戦を分けて考えていたことが見えてくる。成功体験を持つ人ほど、新しい事業にも自分の答えを押しつけたくなる。自分と異なる選択をする相手に、挑戦の余地を渡すことに、この言葉の別の側面がある。
ただし公式の企業史的な紹介は、当時の会話の録音を一般公開して逐語的に照合するものではない。発話日時や言い回しのすべてを確定したかのようには扱わず、同社が伝える創業者の言葉と、その企業文化上の意味として位置づけるのが適切だ。
「みとくんなはれ」と組み合わせて初めて見える責任
サントリーの採用情報は「やってみなはれ」と「みとくんなはれ」を対にして紹介している。前者が挑戦を後押しする言葉なら、後者は引き受けた人が「任せて、やり切ってみせる」と意思を示す言葉である。自由を受け取る側にも、責任が残る。
仕事で「やっていい」と言われた瞬間に、すべての判断を上司へ委ねてしまうのでは挑戦にならない。一方で失敗した人を一方的に責めるばかりでも、次の挑戦は生まれにくい。任せる側の信頼と、任される側の主体性が噛み合うことが、この二つの言葉から考えられる。
この関係は、起業家だけに限られない。家庭でも学校でも、新しい役割を本人に任せるとき、口を出す量と見守る度合いは難しい。助言を与えることと、相手の試行錯誤を奪わないことを両立するという問いを、言葉が投げかけている。
挑戦の歴史をどう読むか|成功談で言葉を美化しない
サントリーの企業情報では、創業初期の洋酒販売から国産ウイスキーの製造、ビール事業などへの取り組みを挑戦の歴史として説明している。その歩みは「やってみなはれ」という精神と結びつけて紹介されているが、一つの言葉だけが事業の成否を決めたと断定することはできない。
商品が完成するまでには、原料、技術、資金、市場、顧客の好みなど多くの条件が関わる。「挑戦したから成功した」という説明だけでは、それらを考える余地がなくなる。意志と実務の両方を見てこそ、挑戦という言葉が空疎にならない。
失敗を含む創意工夫という観点では、本田宗一郎「成功は99%の失敗に支えられた1%」の記事も比較の入口になる。ただし本田宗一郎と鳥井信治郎は別人であり、二つの発言を同じ出典の言い換えとして扱わない。違う人物の言葉を並べるなら、共通点だけでなく文脈の違いも見る。
仕事や生活で「やってみなはれ」を実践するには
新しい提案があるとき、最初に「成功する証拠はあるか」とだけ問うのではなく、「どこまでなら試せるか」を考えてみる。小さく試す、結果を観察する、続けるか修正するか判断する。勇気と検証を対立させず、試行から学ぶ形なら、この言葉は実務にも生かせる。
部下や仲間に言う場合も同様だ。任せるとは、判断材料や支援を渡さずに放置することではない。試す目的、守るべき条件、相談できる相手を共有した上で任せるほうが、挑戦する人が責任を果たしやすい環境になる。
自分が「みとくんなはれ」と答える立場なら、成功した未来を言い切るより、何を確かめ、うまくいかなかったらどう学ぶかを説明するほうが誠実かもしれない。結果の保証ではなく、行動と学習への責任を引き受けることが、言葉の実践に近い。
まとめ|「やってみなはれ」は挑戦と責任を結ぶ言葉
鳥井信治郎の「やってみなはれ」は、サントリーの公式資料が創業者から受け継ぐ言葉として紹介している。失敗を恐れて動けなくなるより、挑戦へ進む姿勢を重んじる。ただし、何でも無条件に許す言葉ではなく、主体的にやり遂げる姿勢と結びつく。
「みとくんなはれ」という対になる言葉とともに読むと、任せる人と任される人の両方に役割があることが分かる。仕事でも生活でも、小さく試し、結果から学ぶことが、勢いだけで終わらない挑戦の方法になる。
主要出典はサントリー公式「やってみなはれ」で挑むものづくり、サントリー食品インターナショナル系採用情報の社風紹介。企業公式の掲載箇所を確認した出典であり、当時の原音声や逐語筆記を確認したとまでは主張しない。