本田宗一郎「見たり、聞いたり、試したりで、試したりが一番重要なんだ」の意味|1958年社報とHondaイズム

はじめに|本田宗一郎が「試したり」を重んじた理由

「見たり、聞いたり、試したりで、試したりが一番重要なんだ」。Hondaの公式採用サイトが、本田宗一郎の考えを表す言葉として掲げる一節だ。他人の説明を聞いて分かった気になるより、自分で確かめる経験を重視するという、ものづくりの現場に根ざした考え方がある。

この言葉を「本を読むな」「専門家の説明は信じるな」という意味に取るのは違う。本田が並べたのは「見る」「聞く」「試す」という三つの行為であり、前の二つを捨てるのではなく、判断するには試した経験が大きな手がかりになると述べている。情報収集と実験を対立させず、何を確かめたかに注目することが重要だ。

本記事はHondaグループキャリア採用サイト「社風」の掲載文言と、Honda Cafeに再録された1958年2月の社報掲載文を区別して参照する。後年まとめられた標語と、当時の説明文を読み比べることで、短い言葉の意味を具体的に考えたい。

「見たり」「聞いたり」「試したり」は何が違うのか

「見る」は自分の目で対象を観察すること、「聞く」は詳しい人の説明や記録から知ることだ。いずれも判断の助けになるが、見ただけでは操作したときの感触は分からず、聞いた話が自分の条件でも成り立つかは確かめられないことがある。それぞれの知り方には強みと限界がある。

「試したり」は、実際に動かし、その結果を確かめる行為である。例えば新しい道具の説明を読んでも、手元の作業に合うかは使ってみて初めて分かることがある。試すことは、知識を現実の条件に照らす作業といえる。

ただし、何でも無計画に試せばよいわけではない。危険な設備や重要な取引では、試す前に安全条件や許可を確認する必要がある。小さな試作、模擬実験、検証環境などを用いるのも方法だ。試す価値を認めることと、危険を無視して実行することは別である。

1958年2月の社報には何が書かれていたか

Honda Cafeが掲載する「見たり聞いたり試したり」には、「1958.S33.2 社報」と出典情報が付されている。再録文で本田は、人は見聞きし試すことによって判断し、その中でも試す経験が判断の材料として重要だと語っている。短い格言だけでは見えない、判断の根拠に関する説明が残っている。

再録では、戦時中にプロペラの製造をめぐって技術的な判断が分かれた経験も語られる。相手は書物や他社のやり方を理由に大丈夫だと答え、本田は自分で行った作業を根拠に説明したという。書かれた知識と実際に確かめた知識の違いを示す例として用いられている。

ただし、これは当時の社報本文を後年ウェブに再録した資料であり、今回、1958年の紙面原本そのものを閲覧したわけではない。したがって1958年に同趣旨の説明が社報に掲載されたという再録情報と、原本の版面を直接確認したという主張は区別する。

Honda公式が語る現在の「Hondaイズム」

Hondaのキャリア採用サイトは、この言葉を創業から語り継がれてきた「Hondaイズム」の一つとして紹介する。説明文は、失敗を恐れて試すことをやめると成功の機会も少なくなるという考えに触れている。一度の成功談ではなく、仕事の進め方を表す行動原則として位置づけているのである。

同じ公式ページには、行動しないことを戒める「ノープレー・ノーエラーを排せ」という言葉も並ぶ。二つは似ているが、今回の一節は特に、情報を得た後に自分で判断する材料をどう増やすかを問う。ただ動くことだけでなく、試して得た事実から学ぶことに焦点がある。

1958年の再録文と現在の公式の掲載形には、句読点や言い回しの違いがある。サイトの標語を、当時の社報に一字一句同じ形で印刷された文章だとは扱わない。公式の要約表現と、歴史資料の再録文を混同しないことで、名言の出典をより正確に示せる。

「試す」ことは失敗を肯定することなのか

試してみた結果、想定したように動かないこともある。しかし、その失敗から条件の不足や原因の手がかりが見つかれば、次の判断に生かせる。うまくいかなかったという結果も、検証の記録として価値を持つ場合がある。

一方、失敗すれば必ず成長するという保証はない。同じ条件で何度も無計画に繰り返すだけでは、問題を理解できないこともある。結果を記録し、仮説を見直し、必要なら別の方法へ切り替える。大切なのは失敗の回数を誇ることではなく、経験を次の判断へ変えることだ。

同じ本田宗一郎の言葉として、「成功は99%の失敗に支えられた1%」を扱う既存記事がある。あちらは失敗と成功の関係を考えるのに対し、今回は「試すことが判断材料になる」という知り方を考える。一つの人物の言葉でも、何を主題にしているかは異なる。

現代の仕事では何を「試す」とよいのか

新しいウェブサイトの使いやすさを考えるとき、画面を見ているだけでは、初めて訪れた人がどこで迷うかは分からない。実際の操作を確認したり、少人数に使ってもらったりすることで、説明資料にはない課題が見つかる場合がある。机上の予測を小さな実験で確かめるという使い方ができる。

新製品の開発だけでなく、勉強にも応用できる。解き方を読んだら、自分で一問解いてみる。説明を聞いたら、別の例を使ってみる。理解したつもりの段階から、自分でできるかを確かめる段階へ進むことが重要だ。

その際、試しても分からないことがあれば、再び説明を聞いたり資料を調べたりすればよい。「見たり」「聞いたり」と「試したり」は順番が固定された一方通行ではない。情報を集め、試し、また調べる往復が判断の質を高めると考えられる。

まとめ|知ることを行動によって確かめる

本田宗一郎の「見たり、聞いたり、試したりで、試したりが一番重要なんだ」は、知識を捨てて行動だけを勧める言葉ではない。見聞きしたことが本当に成り立つか、自分の条件で確かめて判断するという、実践的な姿勢を表している。

Hondaの公式サイトには現在の標語が掲載され、1958年2月の社報を再録した資料には、技術判断に関する本田の詳しい説明がある。現在の公式な言い回しと、当時の長い説明を読み分けることが出典検証の要点だ。

主要出典はHondaグループキャリア採用サイト「社風」、Honda Cafe「見たり聞いたり試したり」(1958年2月社報の再録)、Honda公式「受け継がれる思想」。Honda公式の掲載文言は確認したが、社報の原本紙面を直接見たとは記していない。

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