はじめに|宇宙へ行ったのに「帰ってきた」と感じる
「『ふるさと』に戻っていく感覚でした」。宇宙飛行士の山崎直子が2010年の宇宙飛行を振り返り、宇宙に出たときの印象を尋ねられて答えた言葉である。遠くへ出かける体験が、なぜ懐かしさとして感じられたのかという不思議な逆転が印象に残る。
ふるさとと聞けば、生まれ育った街や家族と過ごした場所を思い浮かべやすい。しかし山崎の答えは、地球の外にある宇宙を指していた。宇宙を自分から切り離された場所ではなく、自分たちの起源とつながる場所として想像したのである。
この言葉を、宇宙に出れば誰もが同じ感覚になるという一般論にはできない。本人が長年抱いていた星や生命への関心が関わっているからだ。一人の宇宙飛行士の具体的な経験を、他人の感じ方と混同しないことが大切だ。
原典|JAXA系公式サイトの山崎直子インタビュー
準天頂衛星システム「みちびき」のJAXA系公式情報サイトが掲載した「みちびく人々 山崎直子」インタビューの第2節に、言葉の原文が掲載されている。宇宙での印象を尋ねる質問に対し、山崎は「ひと言でいうと」と前置きして、この表現を口にした。本人の質疑応答の形式で文言と前後の説明を直接確認できる。
インタビューは2010年4月のSTS-131ミッションを紹介し、山崎が国際宇宙ステーションで物資移送やロボットアームの作業に携わったことも説明する。宇宙での実体験をした本人が、帰還後に言葉にした感覚である。
その理由として山崎は、子どもの頃の理科の授業で、私たちの体を形づくる元素が星の成り立ちとも結びついていると学んだことを挙げた。科学についての記憶と個人的な感覚が重なった比喩として読むのが自然だ。
「ふるさと」|距離より深いつながり
ふるさとは必ずしも地図上で近い場所とは限らない。自分がどこから来たのか、どこに属していると感じるのかに関わる言葉でもある。山崎の「ふるさと」は、地球上の町ではなく生命と宇宙をつなぐイメージだった。
私たちを形づくる多くの元素は、宇宙の長い歴史の中で生まれた。こうした科学的知識を学んでいたことが、宇宙へ出た山崎の印象と結びついたのだろう。学んだ知識が、後に自分の経験の受け止め方を変える一例とも言える。
もっとも、懐かしさそのものが科学的な事実の証明になるわけではない。本人が何を感じたかという体験の言葉と、元素の起源についての科学の説明は区別することが必要だ。
見方を変える旅|遠くで身近なものを知る
旅に出ると、離れて初めて身近な場所の特徴に気づくことがある。山崎にとって宇宙は日常から極端に遠い場所だったが、そこから逆に自分と世界のつながりを感じた。遠ざかることで、これまで当然だったものを別の角度から見られる。
こうした体験は宇宙飛行に限らない。違う文化の場所へ行ったり、新しい分野を学んだりすることで、自分の当たり前が相対化されることもある。慣れ親しんだ物事を、新しい場所から見直すという行為には共通点がある。
ただし、旅をすれば必ず成長するという公式はない。経験をどう受け取り、そこから何を学ぶかは人によって違う。場所の特別さだけでなく、持っていた知識と問いが体験を形づくるところに注目したい。
子どもの学びと宇宙|あとから意味を持つ知識
山崎が思い出したのは、小学校の理科の授業だった。当時の学びが、年月を経て宇宙での感覚を説明する手がかりになった。すぐに役に立つか分からない知識が、あとから大切な経験とつながることがある。
だからと言って、勉強したすべての内容を覚えていなければならないわけではない。興味を持って学んだことや、心に残った問いは、後になって別の意味を持つ場合がある。学びは試験の答えだけでは測れない。
同じ宇宙飛行士の学びをめぐる言葉として、若田光一「自分の興味が何処にあるか」もある。若田は関心を進路につなげる大切さを語り、山崎は関心が体験の意味を深めることを示している。学びが未来の選択と理解に働く二つの場面を比べられる。
まとめ|遠い宇宙が懐かしく感じられた理由
山崎直子の「『ふるさと』に戻っていく感覚でした」は、JAXA系公式サイトの「みちびく人々 山崎直子」第2節にある本人の回答として確認できる。原典の質問と回答、引用位置が特定できるため出典確認済みとして扱う。
この一節は、宇宙が地球の町と同じ場所だという主張ではない。長年学んできた科学の知識と宇宙での実体験が結びつき、遠い場所を懐かしく感じたという比喩である。
知らない世界へ向かうとき、そこで自分の原点を見つけることもある。知識が経験の見え方を変え、経験が過去の学びに新しい意味を与える。その往復を感じさせる言葉だ。