はじめに|自分に隠し事をしないという創作の姿勢
「I am not hiding anything from myself(自分自身に隠し事をしていない)」。音楽家・宇多田ヒカルが2024年の英語インタビューで、作り手として大切にしていることを語った一節である。他人にすべてを話すことではなく、自分の中にある感情から目をそらさないという意味が読み取れる。
創作する人は、何か特別な考えを世の中へ伝えるために作品を作ると思われやすい。しかし自分の感じ方さえ十分に分かっていないこともある。作品を作る過程が、自分を理解する時間にもなるという点に、この発言の興味深さがある。
もちろん、自分に隠し事をしないという言葉を、人前ですべての私生活を公開せよという要求にしてはいけない。自分への率直さと、他者へ何を公開するかの判断は別だからだ。
原典|2024年Bandwagon本人インタビュー
出典は音楽メディアBandwagonが2024年4月7日に初公開した宇多田ヒカル本人へのインタビューである。ロンドンとマニラをオンラインでつないで行われた取材として紹介され、音楽家として何を大切にするかを振り返る中にこの英語の一節がある。記者による直接取材の公開原文で、発言と掲載位置を確認できる。
インタビューはデビュー25周年のベストアルバム『SCIENCE FICTION』の制作を中心に、過去の曲を新しく録音する経験や、昔の作品を振り返る難しさを扱っている。自分に率直であるという言葉が、これまで作ってきた作品をどう受け止めるかと結びついている。
本記事の日本語は英語の掲載文の説明訳であり、別の日本語インタビューからの逐語引用ではない。公式に近い本人直接取材の英語と、記事での日本語の言い換えを区別することを大切にする。
「隠し事をしない」|正しさよりも自己理解
自分に対して率直であることは、いつも自分の気持ちをはっきり説明できることとは違う。なぜ悲しいのか、何に惹かれているのか分からない時間もある。分からないままでいる自分を認め、少しずつ確かめることも誠実さの一つだ。
他人に認められたいからと、いつも同じ自分を演じ続けると、実際の気持ちが見えにくくなることがある。自分の考えが変わることを否定せず、変化を受け止める姿勢が創作を支えるのかもしれない。
ただし、内面を掘り下げることだけで優れた作品が生まれると決まったわけではない。技術、協働、試行錯誤も必要だ。自己理解は創作の一つの土台であって、成功を保証する秘訣ではない。
過去の曲へ向き合う|その時の自分を否定しない
宇多田は同じインタビューで、過去の曲を録り直すことが簡単ではなかったと振り返る。今の技術で昔の曲を作り直すと、当時の表現と違うものになる可能性がある。昔の作品には、その時にしか作れなかった価値があるという見方が示されている。
人は過去の自分を振り返ると、もっと上手にできたはずだと思うことがある。しかし当時の経験と条件で精いっぱい選んだ表現を、いまの知識だけで裁く必要はない。成長を認めながら、過去の努力も尊重することができる。
新しい録音は過去の作品を間違いとして訂正する作業ではなく、新しい表現を試す機会にもなる。変わることと、昔の自分を否定することは同じではない。
日常への応用|自分の感情を急いで説明しない
仕事や学びで迷ったとき、何をしたいかの答えを急いで出そうとすると、周囲の期待を自分の希望と取り違えることがある。まず何が好きで、何に違和感を覚えるかを書き留めるだけでも役に立つ。
気持ちを言葉にすることは難しい。日記や絵、音楽など、人によって向き合いやすい方法は違う。表現を、他人へ見せる成果物だけではなく自分を理解する道具にもできる。
別の音楽家の言葉として、坂本龍一が好んだ「芸術は長く、人生は短し」を扱う記事もある。宇多田の一節は創作者の内面へ、坂本に関わる言葉は芸術と時間へ視線を向ける。創作の価値を異なる方向から考える入口になる。
まとめ|作りながら、自分を知る
「I am not hiding anything from myself」は、2024年4月のBandwagonによる宇多田ヒカル本人への英語インタビューに確認できる。直接取材の記事で発言者と掲載位置を特定できるため、出典確認済みとして扱う。
この一節が語るのは、他人に向けた完璧な自己紹介ではない。自分の感覚を無理に整えず、創作の過程で確かめ続けるという姿勢だ。
過去の自分と現在の自分が違っていても、その変化に気づけることには意味がある。自分に率直であることを、他人との競争ではなく自分自身への問いとして持つことが、この言葉の読みどころである。