はじめに|機能より先に知るべきこと
新しい製品をつくるとき、技術者は高性能な機能を考えたくなるかもしれない。しかし、優れた機能がそのまま使いやすさにつながるとは限らない。ソニーでユーザー体験の設計に携わる高岡綾は、重視することとして「お客様のことをどれだけ深く知るか」を挙げている。ものづくりの出発点を製品ではなく使う人に置いた言葉だ。
ここでいう「知る」は、アンケートで欲しい機能を一度尋ねることだけではない。人はどんな場所で何をしたくて、その製品をどう使うのか。使う状況や感情まで考えることで、必要な体験が具体的になるという考え方が背景にある。
この言葉は製品開発だけの教えではない。文章を届ける、授業をつくる、サービスを改善するなど、相手がいる仕事には応用できる。伝えたいことより先に、相手の生活や困りごとを理解する意味を考えてみたい。
この名言の背景|ソニーで培ったUI・UX設計
ソニーグループ公式サイトの人間中心設計に関する人物紹介では、オーディオ製品のUIとUXを取りまとめる高岡綾が、自身の仕事と設計思想を説明している。本人は組織横断のHCD委員会にも携わり、利用者の理解を製品開発へつなげる仕事をしてきた。発言は本人名で掲載された公式の仕事紹介文にある。
高岡は、大学でヒューマンインターフェースを学ぶまで、家電の使いにくさを変えられるとは思っていなかったと振り返る。操作する人の知覚を分析すれば、配置や表現によって使いやすさは変わる。不便を仕方ないと受け入れる代わりに、設計で改善できると知った経験が原点だった。
ソニーで技術先行の開発から顧客の体験を軸に考える開発へ移ってきたことも説明している。開発中の新機能に顧客から不要だと言われる場合があるが、そうした率直な意見も新しいヒントになるという。思い込みをほどくために相手の声を聞く姿勢が、短い一節につながっている。
この名言が示す深い意味|相手を知るとは利用場面を知ること
利用者を知るとは、年齢や人数の集計だけを見ればよいということではない。同じ製品でも使う場所や目的が違えば、価値ある機能は変わる。相手が何をしたいのかを具体的な場面で理解することが、この言葉の中心にある。
高岡は複数のスピーカーをつなぐ機能の例を挙げ、広い家や庭で集まる人たちがどんな体験を望むかを説明している。「接続台数を増やす」という機能の説明だけでは価値が伝わらない。誰がどこでどんな喜びを得るかまで考えて初めて、技術の意味が見えてくるのである。
もちろん利用者の発言をそのまま製品仕様へ置き換えるだけでも十分ではない。本人も世界中の異なる生活スタイルを理解する必要性を語る。声を聞き、行動を観察し、実際に役立つか検証するという過程が、人間中心の設計には欠かせない。
この名言の現代的な解釈|伝える側の都合から離れる
仕事で企画書を作るとき、自分の提案の長所ばかり並べてしまうことがある。しかし相手が何に困り、どんな判断をしなければならないのかが分からなければ、説明は届かない。相手が必要とする情報を知ったうえで、伝え方を設計することが大切だ。
教育でも、教えたい内容と学ぶ人が理解しやすい順番は異なるかもしれない。理解の進み具合を確かめながら説明を調整する方が、同じ知識を届けやすい。内容を減らすのではなく、相手が使える形へ整えるという考え方が役立つ。
デジタルサービスでは利用者の行動データが取れる場合もあるが、数字だけで理由まで分かったつもりになるのは危険だ。プライバシーに配慮しながら、必要に応じて本人の声も聞く。観察した事実と自分の推測を分けることが、相手を深く知るための基本になる。
この名言を日常生活で実践する方法|相手の一日を想像する
何かを提供するときは、相手がそれを使う直前と直後の状況を考えてみよう。忙しい通勤中なのか、家で落ち着いて使うのか。使用する瞬間だけではなく、その前後に何が起きているかを見ると、改善できる点が見つかりやすい。
次に、自分が良いと思う案を相手に試してもらい、感想を聞く。期待と違った反応があっても、すぐ説得しようとしない。高岡が率直な意見を喜びだと語るように、否定的な反応も自分の思い込みを見直す材料として扱いたい。
作り手の判断については、青沼英二が若い開発者の変更を認めた言葉も興味深い。高岡が使う人を理解することを重視したのに対し、青沼は作る人が自ら考える余地を大切にした。良い体験をつくるには、相手の声と作り手の工夫の両方が必要なのだ。
まとめ|人を知ることが設計の質を変える
「お客様のことをどれだけ深く知るか」は、ソニーグループ公式の高岡綾本人紹介記事で、人間中心設計において重視することを述べた箇所に確認できる。本人の一人称で書かれた公式文章にあり、発言の主体と文脈を特定できる。
高岡が説いているのは、機能の数を増やすことよりも、使う人がどんな体験を得るかを理解することだ。利用者からの思いがけない意見は、製品を改善する手掛かりにもなる。作り手の想像だけでは届かない価値が、相手への理解から見えてくる。
相手のことを深く知るには、手間も時間も必要だ。それでも、良いものをつくりたいなら相手が何を必要としているかを確かめ続けたい。届けたいものを語る前に、届ける相手の世界を知ることが、この言葉の教訓である。