村山由佳「自分の望むものを書けたときに、それを望む形で認められたい」の意味と出典|作家の承認欲求

はじめに|成功した人にも満たされない願いがある

大きな賞を受ければ、周囲からの評価に満足できるのだろうか。直木賞をはじめ多くの文学賞を受賞した作家の村山由佳は、「自分の望むものを書けたときに、それを望む形で認められたい」と語っている。人が認められたいと願う気持ちは、受賞歴の数だけでは説明できない。

この言葉は、自分を褒めてほしいという単純な要求として読むと意味が狭くなる。自分が本当に表現したい作品を実現できたときに、その価値を理解してもらいたいという願いだ。何を作ったかという自分の基準と、どう受け止められたかという他者の反応が結び付いている。

人の評価を気にすることは、しばしば弱さと見なされる。しかし作品を誰かに届ける以上、反応を求める気持ちも自然だ。自分が望む評価の形を知り、その願いとどう付き合うかを、本人の言葉から考えてみたい。

この名言の背景|小説『PRIZE』をめぐる本人取材

「好書好日」は2025年1月14日、村山由佳の小説『PRIZE―プライズ―』についてインタビューを公開した。作品は文学賞への強い願望を抱く作家を描き、なぜ賞を欲しがる気持ちを題材にしたのかが取材の出発点になっている。

取材者が多くの賞を得た本人にも承認欲求があるのか尋ねると、村山は自分の実力が周囲に見抜かれてしまうのではないかという不安も語った。そのうえで、望む作品を完成させたときに望む形で認められたい、と説明する。成功しても不安や願望が消えないという率直な内面の言葉だった。

さらに村山は、自分はすでに直木賞を受けている一方、今度は本屋大賞を欲しいと感じるとも語った。受賞歴の上下を決めたわけではなく、それぞれの賞で誰に作品を認めてほしいかが違うという話だ。同じ称賛でも、発信する人と受け取る人によって意味が変わるのである。

この名言が示す深い意味|評価の量と質は異なる

誰かに認められたいという気持ちは、数字で表すことができる場合もある。たくさんの人に読まれた、賞をいくつ獲得した。しかし、自分が大切にした部分を理解してくれたかどうかは、数量だけでは測れない。村山はその違いを言葉にした。

たとえば文章の面白さだけを褒められても、書き手が伝えたかった主題が見落とされれば複雑な気持ちになるだろう。逆に読者が少なくても、深く読んでくれた人の言葉が支えになることもある。評価には人数だけでなく、何が受け止められたかという側面がある。

ただし望む形の称賛だけを正解にすると、思いがけない反応から学ぶ機会を失う。読者は作者の意図とは違う意味を見つける場合もある。評価を求める気持ちを自覚しながら、自分と異なる読み方にも耳を傾けることが大切だ。

この名言の現代的な解釈|SNSの数字と認められたい相手

今は投稿の反応や仕事の評価が目に見える数字になる。数字は励みになる一方、期待した種類の反応が得られないと、どれだけ増えても満たされないことがある。どんな反応を、なぜ求めているのかを自分に尋ねることが必要になる。

仕事でも、売上を達成したことより、工夫した方法を上司に理解してもらえたことがうれしい人がいる。反対に、顧客の役に立つことを最も大切にする人もいる。何に価値を置くかは人によって異なり、一つの評価制度で全員の満足は測れない。

その一方、承認を得るために本来の目標を変え続ければ、自分が何をしたいのか分からなくなる危険もある。人から認められることと、自分が納得できるものを作ることを切り分けて確認するという習慣を持ちたい。

この名言を日常生活で実践する方法|評価への願いを言語化する

まず、最近うれしかった評価と、少し物足りなかった評価を思い出してみよう。誰のどんな言葉に心が動いたのかを書き出すと、自分が求める反応の特徴が見えてくる。「褒められたい」を、何を理解してほしいかという具体的な問いへ変えるのが出発点だ。

次に、他人の反応がなくても大切にしたい制作や仕事の基準を一つ決める。文章なら事実の正確さや読みやすさ、企画なら利用者の困りごとに応えることなどだ。外部評価とは別の軸があれば、反応に振り回されにくくなる。

書き手自身にとっての価値を考えるなら、荒川洋治の文章と読者数についての言葉も参照したい。村山は望む形での承認を率直に語り、荒川は読まれ方以外の価値を述べた。異なる立場を比べることで、表現の目的を広く捉えられる。

まとめ|認められたい気持ちを自分で知る

「自分の望むものを書けたときに、それを望む形で認められたい」は、2025年1月14日公開の「好書好日」村山由佳本人インタビューで、本人の承認欲求を問われた回答にある。発言の直前の問いと、賞への考え方まで原典で確認できる。

村山は数々の受賞歴があってもなお、認められたいという願いが残ると語っている。それは賞の数を増やすことだけではなく、自分が納得して作った作品を、自分が望む読み手に評価してもらいたいという複雑な気持ちだった。

承認を求める気持ちを無理に消す必要はない。しかし、その気持ちだけで制作の方向を決める必要もない。自分の基準を育てながら、他者の反応に開かれていることが、この一節から考えられる姿勢だ。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。