はじめに|不便を避けることだけが正解か
便利な道具が増えるほど、迷ったり手間取ったりする時間は減る。目的地まで最短で着き、知りたい答えをすぐ検索できるのはありがたい。しかしエッセイストの松浦弥太郎は「困ることで工夫するじゃないですか」と語った。小さな不便の中に、考えて試す機会が生まれるという見方である。
もちろん、困難を無理に引き受ければ必ず成長するわけではない。危険や過重な負担を避けることは大切だ。松浦が語ったのは、年齢を重ねて生活に慣れた自分が、あえて知らないことへ取り組むための姿勢だった。安全な範囲で不慣れな経験を選ぶことが言葉の前提になる。
何でも効率化できる時代に、わざわざ自分で試す意味は何だろう。結果を得るだけなら近道はある。だが、途中で失敗し、理由を考え、自分なりの方法を見つける時間も残したい。答えを得ることと、答えへ至る力を育てることは違うのである。
この名言の背景|六十歳からの『あたらしいこと100』
朝日新聞の書籍メディア「好書好日」は2026年6月12日、松浦弥太郎の著書『きょうからできるあたらしいこと100』を紹介する本人インタビューを公開した。松浦は六十歳になり、自分にはまだ知らない自分へ変わる可能性があると話している。経験を積んだ大人ほど新しい挑戦を意識的に選ぶ必要があるという発想だ。
本には知らない道を歩く、普段は選ばない本を借りるなど、日常で試せる小さな行動が並ぶ。松浦は未知の体験が緊張や戸惑いを生むことについて問われ、自分はむしろ毎日困るようにしていると説明した。その理由として、困ることが工夫や思考につながると述べたのである。
同じ取材では、松浦がAIをあえて使わないと話す場面もある。これは本人の時間の使い方に関する考えであって、誰もがAIを使うべきでないという根拠ではない。便利さを選ぶか手間を残すか、自分の目的に合わせて決めるという文脈で理解したい。
この名言が示す深い意味|工夫は必要から始まる
知っている手順だけを繰り返していれば、迷わずに済む。しかし予想しなかった状況に出会ったときには、自分で問題を分け、別の方法を試す必要がある。困った経験が、普段は使わない考える力を動かすきっかけになる場合がある。
例えば初めての料理に取り組めば、材料の順序や火加減が分からず試行錯誤することもある。完成品を買う方が早くても、自分で作れば手順の意味を知る機会が生まれる。完成までの速さだけでは測れない学びが存在するということだ。
ただし、困難の量が多ければよいというものでもない。時間や心身の余裕を失うほどの負担では、考える機会自体が減る可能性がある。挑戦として楽しめる範囲を見定め、必要なら助けを借りることも、経験を育てるための重要な判断である。
この名言の現代的な解釈|便利な技術との付き合い方
地図アプリに従えば、知らない街でも目的地へ着きやすい。一方、少し余裕がある日に別の道を歩けば、普段は気づかない店や風景に出会うかもしれない。速く着く日と、道を楽しむ日を使い分けることができる。
仕事でも、すべての作業を自動化すればよいとは限らない。繰り返し作業の負担を減らすのは有益だが、初めて学ぶ課題では自分で一度試すことが理解につながる場合がある。効率化すべき作業と、経験を積むために残す作業を分ける視点が役立つ。
しかし不便さを美化して、周囲の人へ押し付けるべきではない。特に障害や育児、病気などにより負担が大きい人にとって、便利な道具は生活を支える重要な手段である。自分に合う挑戦を選ぶ自由と、人が必要とする支援を尊重することは両立する。
この名言を日常生活で実践する方法|小さな初体験を選ぶ
まず、今週やってみたいことを一つ挙げよう。行ったことのない図書館へ入る、初めての料理を作る、違う分野の本を一冊借りるなど、失敗しても取り返せることがよい。大きな変化を求めず、小さな未知に触れるところから始められる。
途中で困ったら、すぐに自分は向いていないと結論を出さず、何が分からないかを確かめてみる。道具の使い方か、知識不足か、そもそも目的が曖昧なのか。困りごとを一つの具体的な問いへ変えると、次の工夫を考えやすい。
成長を長い時間で捉える視点については、松山英樹が積み上げる競技について語った記事とも通じる。一度の成果だけでなく、試しながら身につけていくものへ目を向けることを大切にしたい。
まとめ|自分で考える余地を残す
「困ることで工夫するじゃないですか」は、2026年6月12日公開の「好書好日」松浦弥太郎インタビューで、未知の体験を避けたくならないかと尋ねられた回答にある。六十歳からあえて一年生になるという本人の考えを説明する文脈で確認できる。
松浦が大切にしたのは、困難そのものを目的にすることではなかった。慣れた手順を離れ、知らなかったことへ挑む時間の中に、自分の変化を見いだしていた。生活の中へ試行錯誤の余地をつくるという実践的な発想がある。
便利さを否定せず、自分で考えたい場面を少し残す。初めてのことに戸惑ったら、その戸惑いを次の工夫につなげてみる。小さな不便を選ぶことで新しい経験を増やすという学びを、この言葉は教えてくれる。