はじめに|説得する力より説得される力
仕事が長く続いた理由を尋ねられたら、才能や努力を挙げる人は多いだろう。ところが小説家の阿刀田高は「私は被説得力が強いんですよ」と答えた。人から勧められると、思わずやってみようと考える性質を、自分の創作を支えた力として語ったのである。
一般には、説得力がある人は頼もしく見える。その反対に、説得されやすい人は流されているように見えるかもしれない。しかし阿刀田は、編集者から励まされ、次の作品を書いてきた経験を楽しそうに振り返る。他人の言葉を受け取る柔軟さも、創作の動力になるという意外な見方だ。
もちろん、何を言われても従うことがよいという教訓ではない。阿刀田は自分の作品について判断を重ねてきた専門家である。勧めを受け入れることと、何を作るかの責任を持つことの関係を考えてみたい。
この名言の背景|四十八年の創作を終える取材
朝日新聞の書籍メディア「好書好日」は2026年6月30日、阿刀田高への本人インタビューを公開した。阿刀田は『掌より愛をこめて 阿刀田高さいごの小説集』を刊行し、長く続けてきた小説執筆から退くと明かしていた。小説家を始めた理由だけでなく、どう続けてきたかを振り返る取材だった。
阿刀田は国立国会図書館に勤めながら文章を書き、四十三歳で小説家としてデビューした。その後、直木賞を受け、多数の短編を発表してきた。最初から小説家という明確な進路だけを歩いたわけではなかったところが興味深い。
なぜこれほど長く書き続けられたのかと尋ねられると、阿刀田は自分の「被説得力」を理由に挙げた。妻から新聞の勧誘へ応じすぎると注意された思い出を紹介し、編集者に褒められるとまた書く気になったと説明する。九百編以上の作品に至る過程を、他人とのやり取りから語ったのである。
この名言が示す深い意味|他人の声が行動を生む
自分の意志だけで長く活動を続けるのは簡単ではない。気持ちが乗らない時期や、何を書けばよいか迷う時期もある。そこで誰かが作品を求めてくれると、もう一度机へ向かうきっかけになる場合がある。励ましを受け取れることが、行動の再開につながるという仕組みだ。
阿刀田の言葉には、自分の長所を少し笑いながら語る味わいもある。説得されやすさは勧誘に弱いという欠点にもなり得るが、編集者との関係では創作の力になった。同じ特徴でも、置かれた環境によって働き方が変わることが分かる。
ただし、褒め言葉に従えば必ず良い結果が出るわけではない。勧めてくれる相手の意図を確かめ、自分の時間や責任を考える必要がある。他人に開かれていることと、判断を他人へ丸投げすることは異なるという線を忘れたくない。
この名言の現代的な解釈|強い自立だけを求めない
仕事では、自分で決めて行動する人が評価される。一方、良い助言を受け取れずに同じ方法へ固執すれば、成長の機会を失うことがある。主体性とは意見を変えないことではなく、情報を得て考え直せることでもある。
教育や育成でも、教える側が正解を押し付けるだけでは人は動きにくい。しかし取り組みを理解して励ます言葉が、次の挑戦を後押しすることはある。相手が動きたくなる関わり方を探すことは、管理とは別の技術だといえる。
一方、説得されやすいことが不利益になる場面もある。金銭の契約や個人情報の提供などは、その場で判断せず条件を確かめる必要がある。開かれた心と慎重な意思決定を使い分けることが、阿刀田の言葉を安全に生かす条件である。
この名言を日常生活で実践する方法|勧めを小さな試みへ変える
信頼する人から何かを勧められたら、すぐ断る前にどんな良さがあるのか尋ねてみる。相手の経験を聞けば、自分では選ばなかった道が見つかるかもしれない。相手の言葉に耳を傾けることを、判断の材料集めとして行うのが出発点だ。
次に、自分に合うと感じたことを小さく試してみる。本を一冊読む、短い作品を書くなど、負担を調整できる方法がよい。うまくいかなければ、その理由を振り返る。勧めをそのまま受け入れるのではなく、試した結果から自分で選ぶことを大切にしたい。
相手の意見へ開かれている態度は、青沼英二が開発者へ変える余地を認めた言葉とも比較できる。人に刺激を受けつつ、自分たちで判断するという協働の姿が両方に見える。
まとめ|人とのやり取りが創作を続けさせた
「私は被説得力が強いんですよ」は、2026年6月30日公開の「好書好日」阿刀田高インタビューで、長く小説家であり続けられた理由を尋ねられた回答である。編集者から勧められると書く気になったという本人の説明に、原文で続いている。
阿刀田は自分の創作を、孤独な天才の努力としてだけは語らなかった。編集者との出会いや励ましを受け、数多くの短編を書いたと振り返った。人の言葉に動かされることを、恥ずかしい弱さではなく自分の特徴として引き受けている。
長く続けたい活動があるなら、全部を一人で抱え込む必要はない。よい助言を聞き、自分なりに試してみることができる。受け取る力と決める力を両方育てるという姿勢が、この言葉から得られる教訓だ。