はじめに|競争相手はいつも他人なのか
スポーツの試合では、誰が誰に勝ったかがニュースになる。順位がはっきり示されるため、競争相手は目の前の選手だけだと思われがちだ。ところが体操選手シモーネ・バイルズは、2021年の取材で「自分自身に勝とうとしている」と語った。
これは、対戦相手に関心がないという意味ではない。彼女は自分の演技を前回よりよくしたいと考える一方、すでに高い水準にいるため、それを上回る難しさも感じていた。成功した後も続く、自分の目標との向き合い方が言葉になっている。
「昨日の自分に勝て」と自分を追い込む標語にしてしまうと、元の発言が抱えていた緊張や怖さを見落としてしまう。成長への意欲と、それを続ける負担の両方を考えたい。
原典|2021年4月、東京五輪100日前の取材
NBC Olympicsの2021年の記事「Simone Biles on her motivation: ‘I’m trying to beat myself’」には、東京五輪まで約100日となった時期のTODAY番組取材が紹介されている。バイルズは「I’m trying to beat myself.」と述べた。本人の英語、取材媒体、時期、競技への言及を直接特定できる。
同じ回答では、前の大会での自分よりよい演技をしたいと語り、それゆえ大会へ出ることがより大きなストレスになるとも説明している。自分との競争は楽しいだけではなく、成長するほど難しくもなるという一面がある。
取材時点は東京五輪の開催前である。後に大会で何が起きたかを知っている読者が、当時の発言に後から別の意味を押しつけないようにしたい。2021年4月の本人の目標と感情を、その時点の発言として扱う。
ここでの日本語はNBC Olympicsに掲載された英文の説明訳である。番組動画の編集前の全発言を検証したとまでは言わないが、競技を報じる公式媒体に本人の言葉が掲載されたことを確認できる。
深い意味|比較する基準を自分の内側に持つ
競争で順位を決めることは、競技を成り立たせる大切な仕組みである。しかし順位だけでは、選手が技術的に何を改善したのかは分からない。相手に勝つかどうかとは別に、自分の演技の質を高める目標を持つことができる。
とはいえ、いつも前より上手にできなければ失敗だと考えると、思いがけない負担を抱える。体調や経験、準備の条件は変化する。目標へ向かう意思と、毎回自己記録を更新する義務を区別したい。
バイルズの発言が示すのは、他人の評価だけで自分の努力を判断しないという視点である。同じ結果でも、本人の中では大切な技術上の改善があるかもしれない。外から見える順位と、本人にしか見えない課題は同じではない。
反対に、自分の評価が唯一正しいと考えてしまえば、コーチや仲間から学ぶ機会を失う。自分の基準を持つことと、他者の指摘を受け入れることは両立する。
現代的な解釈|他人の進み方と比べすぎない
仕事でも、同期の昇進や他人の成果を見ると、自分の成長を小さく感じることがある。しかし仕事内容や環境は人によって異なる。順位のような比較だけでは、自分が何を学んだかは分からない。
そこで、前は時間がかかったことが少し速くできた、説明できなかった内容を言葉にできた、といった変化を確かめる方法がある。小さな改善も、自分の課題を理解するための材料になる。
ただし、あらゆる場面で成長し続けることを義務にする必要はない。休むことや、現状の力を維持することが必要な時期もある。競争心を持つ自由と、負荷を調整する自由を分けて考えることが大切だ。
日常生活で実践する方法|自分の変化を具体的に見る
新しい技能を学んでいるなら、一週間前にできなかったことを一つ書き出してみる。できたかどうかだけでなく、どのように工夫したかを記録する。他人の結果ではなく、自分の過程を観察する手がかりになる。
目標を立てる際には、一番よい状態の自分だけを基準にしない。疲れている日や予定が変わった日にも取り組める範囲を考える。続けられる設計を作ることも、長い目で見れば力になる。
誰かを励ますときも、他人に勝ったことだけを褒めるのではなく、その人が努力して改善した点を伝える。比較から離れた評価が、本人の次の目標を考える助けになる。
バイルズが後に成功の意味そのものを見直した言葉は、2023年インタビュー「成功の意味は以前と違う」で扱っている。2021年の競技で自分を超えたいという意欲と、2023年の成功の捉え方を時期を分けて読み比べられる。
まとめ|昨日の自分と向き合う方法
シモーネ・バイルズの「自分自身に勝ちたい」は、2021年に東京五輪へ向けた取材で述べた言葉である。前の演技よりよくしたいという目標と、そのために感じる負担が同じ発言の中に含まれていた。
この一節を、誰もが毎日成長を証明すべきだという命令にはしない。他人の順位に左右されすぎず、今の自分に合う課題を見定める視点として考えたい。
出典はNBC Olympics「Simone Biles on her motivation: ‘I’m trying to beat myself’」(東京五輪100日前の取材を報じた記事)。「I’m trying to beat myself.」と前回の大会の自分を超えたいという前後の発言を直接確認したためタグ114とする。
自分で選んだ高い目標に向かう別競技の言葉として、シファン・ハッサン「これは私の無茶な挑戦」があります。バイルズが以前の自分よりよい演技を目指した姿勢と、ハッサンが3種目を走り切れるか確かめたいと語った好奇心を別の課題として読めます。
バスケットボールで競技全体への関心を願った別の選手の言葉として、ケイトリン・クラーク「アイオワだけでなく女子バスケ全体を見てほしい」があります。バイルズの自分の演技を超えたいという目標と、クラークが競技全体へ注目を広げたいと語った願いを区別できます。