ディーパ・バスティ「訛りを伴う翻訳」の意味と出典|2025年国際ブッカー賞の翻訳観

はじめに|違う文化の言葉を整えすぎない

外国語の文章を読んでいて、あまりにも滑らかで、もともと日本語で書かれたように感じることがある。読みやすいことは魅力だが、元の文化ならではの響きまで失われるとしたらどうだろう。翻訳家ディーパ・バスティは、自身の翻訳について「translating with an accent(訛りを伴う翻訳)」と語っている。

訛りという言葉は、普段は発音の違いを指す場合が多い。しかしここでは、英語へ訳された文章に、原語のリズムや言い回しがかすかに残るという比喩である。伝わりやすさと、もとの言語の個性をどう両立させるかという問いにつながる。

読者が馴染みのない表現に出会った時、それを誤りとして消すのか、新しい世界への入口として読むのか。翻訳を通じて考えられるのは、言葉だけではない。違いを取り除くことと、違いを理解しやすくすることは別ということだ。

原典|本人が答えた2025年4月の翻訳インタビュー

最も直接的な出典は、Scroll.inが2025年4月9日に掲載したディーパ・バスティ本人へのインタビューである。自身が翻訳した『Heart Lamp』でカンナダ語の語句や言い回しを英語へどう移したかという質問に、本人が英語で答えている。原文の表現と話された理由を直接確認できる。

バスティは、カンナダ語などの単語を残す判断を意識的に行ったと述べ、翻訳先の言語を単に標準的で正しい英語へ整えるべきではないと説明する。そして「I call it translating with an accent」と表現した。日本語の「訛りを伴う翻訳」は説明のための訳で、公式に固定された日本語題名ではない。

同じ本人回答では、読者が別の文化を舞台とする作品を読んでいることを思い出せるようにしつつ、その文化を異国情緒として過剰に消費しないことにも触れている。違いを残すことと、珍しさだけを強調することを区別している点が重要だ。

この表現は国際ブッカー賞財団の2025年5月20日付受賞発表にも本人の翻訳観として紹介された。こちらは原発言を引用した公式の再掲であり、もとのインタビューと受賞発表を区別して示せる。

深い意味|翻訳は透明な窓とは限らない

異なる言語の文章を訳すとき、意味だけを優先すれば、原語での話し方や距離感が見えにくくなることがある。翻訳は読者を新しい物語へ案内するが、その道筋の選び方にも訳者の判断が入る。何をなめらかにし、何を残すかは、作品の受け取られ方を変える。

バスティの言う訛りは、意図的に間違った英語を書くという意味ではない。原語が持つ声やリズムを、訳文の表面に感じられるようにするという工夫だ。正確さと独自の響きの関係を考えさせる。

ただし全ての作品で同じ訳し方が最善とは限らない。読者、用途、文章の性質によって配慮すべき点は変わる。一つの訳文だけが唯一の正解だと決めつけない柔軟さも翻訳には要る。

原語の言葉を残せば自動的に文化理解が深まるわけでもない。読者が背景を調べたり、訳者が説明を補ったりする必要もある。知らない言葉との出会いを、調べるきっかけへ変えることが重要になる。

現代的な解釈|世界を一つの標準に揃えない

国際的な仕事では、全員が同じ表現を使うと便利なことがある。一方、言葉の選び方を一つの文化の常識に揃えすぎると、伝えたい違いが消える場合もある。伝達の効率と、背景の違いを尊重することを同時に考えたい。

生成AIで文章を翻訳すると、読みやすく整えられた結果がすぐ手に入る。しかし、原文で不自然に見える部分が作者の工夫なのか、単なる誤記なのかは、自動的には決められない。滑らかさだけで訳文のよさを判断しない視点が必要だ。

方言を使った会話や地域に根差した文章でも、全てを標準語へ置き換えると人物の輪郭が薄くなることがある。もちろん誤解を避けるための補足が必要な場合もある。分かりやすくする過程で、何を失っているかを意識することが大切だ。

異文化を尊重するとは、違いを固定的な記号として扱うことではない。文化の内部にも多様な言葉や視点がある。他者の言葉を簡単な型にはめず、個別の表現として聞くことから理解が始まる。

日常生活で実践する方法|訳しきれない部分に立ち止まる

翻訳された作品を読むとき、印象に残った単語や言い回しを一つ選び、訳注や原語の使われ方を調べてみる。全ての言葉を調査する必要はない。一つの表現から文化の背景が見えてくることがある。

外国語を使うときにも、相手の言い回しが自分と違うからといって、すぐに誤りと決めない。何を伝えようとしているのか、必要なら尋ねる。正確に聞こうとする姿勢と、相手を尊重する姿勢は両立する。

AI翻訳を使う場合は、用途に応じて原文と訳文を見比べる。契約や安全に関わる文書なら専門的な確認も要る。文学なら表現の余韻がどう変わったかにも注目する。何を優先する訳なのかを自分で決めることができる。

書くことと表現の関係では、デイヴィッド・サライ「人生を身体的な経験として書きたかった」も参考になる。サライが言葉になる前の身体感覚を考えるのに対し、バスティは言葉の文化的な響きを残そうとする。

まとめ|違いを残すことも伝える技術

ディーパ・バスティの「translating with an accent」は、2025年4月のScroll.in本人インタビューで確認でき、同年の国際ブッカー賞公式発表でも紹介された。日本語の「訛りを伴う翻訳」は英語の本人発言に対する訳である。

この言葉は、読みにくい文章を目指す宣言ではない。原語の文化やリズムを、翻訳先の言葉でも完全に消してしまわないという考え方を示している。

伝えるために整えることは必要だ。それでも、相手の言葉がもともと持っていた違いを大切にできる。分かりやすさと多様な声の両方を守るという課題を考え続けたい。

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