はじめに|初心者にしか見えない分かりにくさ
長く使っている道具の説明は、詳しい人にとって当たり前になってしまうことがある。しかし初めて触れる人は、どこを見ればよいのか分からない。JAXAの研究開発員・横田健太朗は「宇宙機の運用に不慣れな自分が分かりやすいものをつくれば」と考え、宇宙機の状態を示す画面の開発に参加した。
この一節は、初心者なら必ず優れた設計ができるという保証ではない。専門家が持つ知識や安全への配慮は不可欠だ。一方で、初めての人が戸惑う部分は、慣れた人ほど見逃しやすい。経験の浅さが、改善するための観察点になるという意味がある。
実際の本人の言葉は、後半で「ほかの人にとっても分かりやすいはずだ」と続く。ただ自分の好みを押し通すのではなく、他者へ役立つものを目指していた。一人の理解しやすさを、より広い使いやすさへつなげたいという発想だ。
仕事の道具やウェブサイトも、利用者が迷う場所を見つけるだけで改善の方向が変わることがある。分からなかった経験を恥ずかしさではなく、設計の資料として扱う。この一節にはそんな読み方ができる。
原典|JAXA「宇宙・夢・人」第193回
原典はJAXA宇宙科学研究所「『モノを動かす』と『先を見据える』を追い続ける」。2026年9月30日に紹介された第193回の横田健太朗本人インタビューである。SLIMのテレメトリ画面について質問された回答に、選んだ一節を確認できる。
横田は、宇宙機の運用について十分な知識がない状態でJAXAへ入ったと説明する。先輩や同期には詳しい人が多く、初めは自分で入門書を読んでいたという。分かりにくさを感じた本人の経験が、後の設計上の発想とつながっている。
SLIMの従来の運用画面には、多数の略語や数字が並んでいた。実績があって信頼性の高い方法だったが、初心者には分かりづらい面があったという。昔の方法を悪いものとして切り捨てず、用途に応じた改善の余地を考えている。
横田は他の担当者から声をかけられ、新しい画面の開発に加わった。航法誘導制御のメンバーにも聞き取りを重ね、他の系統の担当者からも使いたいという声が届いたと述べる。個人の発想だけでなく、利用者との対話を通じて育った改善である。
深い意味|分からない経験は弱点だけではない
専門家は多くの情報を扱える反面、どの情報から見ればよいかを初心者の目で想像しにくいことがある。初めての人が感じた疑問を記録すると、改善すべき場所が見えてくる。不慣れな状態だからこそ発見できる摩擦がある。
ただし初めて使う人に合わせすぎると、詳しい人が必要な情報を隠してしまう可能性もある。入口を分かりやすくすることと、専門的な情報を失わないことを両立する必要がある。
横田が携わった画面では、宇宙機の姿勢や速度、電池の状態などを一つの画面で視覚化した。数字そのものが不要になったわけではない。情報の意味を変えずに、判断しやすい形へ組み直すという設計の考え方が見える。
利用者へ聞き取りを重ねた点も重要だ。自分には分かりやすくても、他人には別の困りごとがあるかもしれない。初心者の直感を仮説にし、他者の意見で確かめることが実用的な改善につながる。
現代的な解釈|説明書を読む前に理解できるか
仕事のシステムには、慣れている人だけが知る手順が残りやすい。新人が同じ場所で迷うなら、本人の能力だけを問題にするべきではない。どの案内が不足しているのかを仕組みの側から考える余地がある。
サイトの記事一覧でも、内部の分類を詳しく知っている人には簡単でも、新しい読者には目的のページが見つからないことがある。作る側が理解している構造と、探す側に見えている構造は違う。
教育の場でも、専門用語を短く説明するだけでは理解が進まない場合がある。具体的な例を示し、何を確認すればよいかを教える。知識を簡略化するのでなく、そこへ進む道筋を整える方法だ。
ただし命に関わる仕組みでは、直感的な見た目だけで安全だとは限らない。正確なデータや確認手順は必要である。分かりやすさと信頼性は、どちらか一方を選ぶものではない。
日常生活で実践する方法|初めて使う人に聞く
何かを改善する際は、初めて触れる人に使ってもらい、どこで迷ったかを聞く。教えながら試すと問題が隠れやすいので、まず自分で考えてもらう時間を設ける。つまずいた場所を、改善の手掛かりとして記録する。
次に、説明や画面の順序を変え、一つの迷いを減らせないか試す。全体を大きく作り替える前に小さな変更を検証できる。思いつきだけで改善を終えず、再び使って確かめることが大切だ。
自分が分からないと感じたときには、質問するのを恥ずかしがらず、どの点が分かりづらかったか言葉にしてみる。一人の疑問は、次の利用者にも役立つ情報になるかもしれない。
技術と利用者の関係については備後博生「不便だと感じることを情報の力で解決したい」も参考になる。備後は解決したい不便を、横田は初心者として感じた分かりにくさを出発点にしている。
まとめ|分からなかった経験を役立てる
横田健太朗の「宇宙機の運用に不慣れな自分が分かりやすいものをつくれば」は、JAXA宇宙科学研究所公式の第193回インタビューに確認できる。SLIMの運用状況を視覚的に把握する画面の開発を説明した一節である。
この言葉は、専門知識を軽んじる発言ではない。初めて触る人の疑問を見つけ、それを専門家との協働で改善へ変えるという実践的な姿勢がある。
作る側が詳しくなればなるほど、誰が困っているのか見えにくくなる場合がある。初めて使う人の目を借り、何が伝わっていないか確かめることが役に立つ。
自分が不慣れだからと遠慮する必要はない。その違和感を丁寧に言葉へ変えれば、他の人にとっても分かりやすい仕組みへ近づくきっかけになる。