はじめに|好奇心が強いほど選ぶことが難しい
「むしろだいじなのは、『なにを研究しないか』」。京都大学の研究者インタビューで、歴史人類学者の池亀彩はこう語っている。研究への好奇心を持ちながら、あえて対象を選び取るという、簡単そうで難しい判断に光を当てた言葉だ。
知らないことがあると調べたくなる。新しい本や取材先や研究テーマが見つかると、それだけで一日が足りなくなることもある。だが、どの問いも等しく深く追いかけられるわけではない。関心の広さと集中できる範囲を区別することが必要になる。
この発言は、学ぶことを減らせという命令ではない。池亀自身は日々の生活にまで疑問が満ちていると説明したうえで、この一節を置いている。知りたい気持ちを大切にするからこそ、選択の基準を持つという順序を確認したい。
この言葉の背景|インドを研究する人類学者の経験
京都大学男女共同参画推進センターの公式サイトは、アジア・アフリカ地域研究研究科の池亀彩教授へのインタビューを公開している。インドでの長年のフィールドワークと、建築史から人類学へ関心を広げた歩みが語られている。研究者自身の経験を聞いた一次的な取材資料に当たる。
インドの社会や文化を調べる中で、池亀は次々に新しい疑問と出会う。一方、日本にいるときでも、たとえば地域の金融機関の分布に不思議を感じられると語る。珍しい場所へ行けば問いが生まれるというだけではなく、身近な観察にも問いがあると示した。
そのうえで本人は、興味を持ちさえすれば何でも研究テーマになりうると述べ、「なにを研究しないか」を大事だとした。これは研究の対象を恣意的に軽んじる発言ではない。自分が取り組む意味を問い直す必要を語ったものとして読むのが妥当だ。
この名言が示す深い意味|問いの価値と責任
好奇心は、新しい課題に気づくための入口になる。しかし研究には調査、対話、分析、発表という時間を要する。新しいテーマを引き受けることは、別のテーマへ使う時間を減らす選択でもある。研究対象を選ぶことは、時間の責任を引き受けることに近い。
何を研究しないかを考えるとき、流行に乗るか乗らないかだけでは判断できない。自分に調べられる資料があるか、誰にどんな意味を持つ問いか、既存研究に何が欠けているか。魅力だけでなく、根拠と可能性も確認する姿勢が求められる。
もちろん、今は調べないテーマが一生価値を失うわけではない。別の人にとって大切な問いもある。選ばなかった対象の価値を否定せず、今の自分の優先順位を決めることが、この一節の慎重な読み方になる。
現代的な解釈|情報が多い時代の集中
仕事では新しいツールや手法が次々に現れる。何もかも導入しようとすれば、評価する時間さえなくなる。そこで、目指す成果と関係の薄いものは保留する。できることを増やすより、今やるべきことを見極める判断が役立つ場合がある。
趣味の学習でも同じだ。読みたい本が百冊あっても、今日読めるのは限られた分量だけである。目の前の一冊へ集中し、残りを候補として残しておく。選ばなかったものを捨てるのではなく、順番をつけるという方法もある。
ただし、効率だけを追うと偶然の出会いがなくなりかねない。池亀の語る探究心は、思いがけない疑問から育ってきた。自由に気づく時間と、深く調べる時間を分けるなら、好奇心と集中の両方を守れる。
日常生活で実践する方法|選ぶ基準を言葉にする
今抱えている疑問や計画を紙に書き出してみる。すべてを実行するリストではなく、まず関心を可視化するためのメモとして使う。頭の中で競合していた選択肢が見えるだけでも、考えやすくなる。
次に、今の自分が何を達成したいのかを一文にする。そして候補のうち、その目的へ近づけそうな一つを選ぶ。「面白そう」から「今取り組む理由がある」へ判断を進めることができる。
取り組まないと決めたことも、必要なら記録に残す。数か月後に状況が変われば、選び直してよい。選択は自分の将来を永久に固定する誓いではなく、現在の資源をどう使うかという判断なのだ。
まとめ|探究心を守るために選び取る
池亀彩の「なにを研究しないか」は、京都大学公式の女性研究者インタビューで確認できる。インドや日常の中に尽きない問いを見いだした経験から、研究対象を選ぶ必要を述べた言葉である。
ここから、好奇心の強い人は何でも調べなければならないという思い込みを離れられる。限られた時間の中で、問いに対して深く向き合うことも大切だ。興味を持つ自由と、集中する責任を両立させるのが一つの答えになる。
他者の見方との出会いを考えるなら、ジャーヴィス・コッカー「世界を違う視点で見た作家に出会いたい」も参考になる。池亀は調べる問いの選択を、コッカーは異なる視点へ向かう読書の関心を示している。原典:京都大学公式「池亀彩」インタビュー。