はじめに|Innovationが生むのは何か
「Value from Innovation」。富士フイルムグループが2014年に発表したコーポレートスローガンである。英語の短い表現には、新しい技術や発想それ自体より、それによって社会や顧客に生まれる価値を重視するという方向が示されている。
「イノベーション」という言葉は、新しい機器を発表することや目新しい機能を増やすことと結びつけられやすい。しかし利用者が抱える問題を解決できなければ、新しさが価値を生むとは限らない。変化の手段と、変化によって生まれる成果を分けて考える一節として読むことができる。
また、この表現は昔から富士フイルムが使ってきた創業時の格言ではない。写真フィルムの需要が大きく変化した時代に、事業の姿を説明し直すために設定された言葉である。採用した時期と企業が置かれた状況を確認することで、一行の持つ意味が見えてくる。
出典|2014年に発表した公式コーポレートスローガン
富士フイルムホールディングスの創立90周年記念の公式社史には、「2014 コーポレートスローガン『Value from Innovation』」と記載されている。創立80周年に合わせ、革新的な技術や製品・サービスを通じて社会へ貢献する姿勢を表したと説明している。企業が採用年と名称、目的を同じ一次資料で明示している。
現在の「富士フイルムグループが大切にすること」にも、この英文がコーポレートスローガンとして掲載されている。掲載ページには別にパーパス「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」もある。同じ会社の言葉でも、スローガンとパーパスの役割を区別する必要がある。
これらの資料は、企業の説明として2014年にこの言葉が発表されたことを確認できる。ただし採用会議の議事録や提案者の全発言まで示すものではない。確認できる発表の事実と、制作過程の細部を推測で埋めないことが原典を扱う際の原則となる。
背景|写真フィルムの会社から幅広い事業へ
かつて富士フイルムの事業を象徴したのは写真フィルムだった。ところが撮影や記録のデジタル化が進み、フィルムに求められる役割は変わった。同社は事業構造の転換を進めてきた。製品名を中心にした企業の説明だけでは、新しい事業全体を表せなくなったという背景がある。
同社の公式社史には、2011年のプレミアムカメラ「Xシリーズ」や2012年の磁気テープなど、異なる領域の製品が並んでいる。写真を扱う技術だけでなく、材料やデータ保存などにも強みを展開している。過去の経験を捨てるのではなく、技術を別の市場で活かすことを考えさせる。
ただし新分野へ移ればすべてうまくいくわけではない。顧客の要望、価格、規制、安全性、競争条件を調べ、技術が役立つかを確かめなければならない。新しい事業への進出と、価値が実際に成立したことを分ける視点が重要である。
「Value」|顧客にとっての価値を考える
言葉の最初に置かれる「Value」は、企業にとっての売上や利益だけを指すものではない。顧客が利用するときの負担を減らすこと、医療や産業の現場で必要な性能を提供することも価値につながる。企業が得る成果と、利用者が受け取る価値は重なりつつも同一ではない。
例えば技術的に優れた製品でも、使い方が複雑で現場に適さなければ選ばれない場合がある。反対に、目立つ機能がなくても、使いやすさや安定した品質が大きな価値となることもある。新しさの量より、どの問題を解決できるかを確認することが必要だ。
価値が誰にとってのものかという問いも欠かせない。利用者、働く人、地域社会、環境に対する影響は同じではない。ある人に便利な商品が別の場所に負担を生まないかまで考えることで、スローガンを社会との関係から読み直せる。
「Innovation」|異なる知恵を結びつける
イノベーションは、一人の天才が新しいものを思いつくことだけで進むわけではない。研究者、設計者、営業、取引先、利用者など、多くの人が課題を共有する過程がある。技術を実用化するには、異なる専門分野の知識をつなぐことが大切になる。
富士フイルムの公式社史は、同社が2014年にスローガンを発表した後、2017年に長期のCSR計画を策定したことも記す。技術や製品の革新だけでなく、社会課題への対応を経営の方向と結びつけようとしてきた。イノベーションの評価は製品発売の瞬間だけでは完結しない。
ただし、企業がイノベーションという言葉を掲げるだけで、研究や開発に十分な資源を配分しているとは限らない。投資、研究体制、外部との協働、失敗の扱い方などを別に確かめたい。言葉が目指す姿と、実現するための制度を分けて検証することが必要になる。
新しいパーパスとの違いと継続
現在の富士フイルムグループは、パーパスとして「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」を掲げている。これは企業が社会に存在する意義を説明する言葉であり、「Value from Innovation」はコーポレートスローガンとして別に残されている。新しい言葉が加わったことを、古い言葉がすべて廃止されたと誤解しないようにしたい。
技術から価値を生むというスローガンと、人々の笑顔を増やすというパーパスは、視点が異なる。前者はどう価値を生み出すかという方向、後者は何のために事業を行うかという存在意義をより強く示す。手段と目的を一緒に考えるために、複数の企業の言葉が並ぶと理解できる。
同じく企業全体の方向を示す言葉として、ファーストリテイリングのステートメントも読める。衣服と、写真や材料を基盤とする技術では事業の出発点が異なる。どの言葉も実際の行動と照合してこそ、企業の特色が見えてくる。
まとめ|新しさを価値へ変えるという約束
「Value from Innovation」は、富士フイルムグループが2014年の創立80周年に発表したコーポレートスローガンとして公式社史に記録され、現在の理念ページでも同じ役割で紹介される。新しい技術や発想を、顧客や社会に役立つ価値へつなぐという企業の姿勢を表している。
この言葉は、すべての新しい製品が成功したことを示す記録ではない。具体的な製品やサービスを評価するときには、使う人への効果、品質、社会や環境への影響を調べる必要がある。言葉の魅力と実践の成果を分けて確かめることで、スローガンの読み方が深まる。
原典確認:富士フイルムホールディングス公式90周年社史の2014年項目と、公式「富士フイルムグループが大切にすること」。タグ114根拠:2014年に「Value from Innovation」をコーポレートスローガンとして発表したことを企業公式社史で直接確認。広告コピー・企業スローガンのハブで他社の言葉も比較できる。