はじめに|「われわれ」が二度現れる社憲
「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」。これはオムロンの社憲として受け継がれる一節である。会社の仕事と、働く人々の生活、そして社会の発展を一つの文でつなぐことに特徴がある。創業者の立石一真が定めた言葉であり、現在もオムロンの企業理念の中心にある。
企業の言葉は、売上を伸ばすことや製品の性能を宣伝することを目的とする場合も多い。しかしこの社憲は、誰のために働くのかを問い、仕事が自分たちの暮らしや社会へ与える影響に注意を向ける。働くことを企業の内部だけで完結する活動と捉えない姿勢が示されている。
ただし、社憲を掲げるだけで社会に貢献できたと証明されるわけではない。事業の品質や安全性、従業員の待遇などは別途検証が必要だ。理念の内容を読み解くことと、実際の企業行動を評価することを分けることが、この言葉を正確に扱う出発点となる。
原典|1959年5月10日に掲げられた言葉
オムロン公式の創業者の歩み「第三話 無接点スイッチにおける世界初の挑戦」は、立石一真が1959年5月10日の創業記念日に社憲を内外へ示したと説明する。そこには現在の社憲の文言も掲載されている。話者、1959年という成立年、正式に示した日、文章を企業自身の歴史資料で照合できる。
同じ会社の「オムロン企業理念」には、この社憲がOur Missionとして掲げられている。また2015年5月8日付企業理念改定の公式発表でも、1959年から引き継ぐ原点として逐語的に記されている。歴史上の成立と現在の位置づけが別々の公式資料から確認できる。
なお、言葉がまとまるまでには推敲があった。オムロンは創業者の草稿が残ることも紹介しており、正式な社憲と構想段階の表現を同じものと決めつけてはならない。1959年の制定された文言を主題にし、草稿の異なる言い回しと混同しないことが大切である。
「われわれの働きで」|仕事を社会と結びつける
冒頭の「われわれの働きで」は、社会の変化を誰かに任せるだけではなく、自分たちの仕事から始めようという意思を表す。事業は日々の具体的な行動の積み重ねで成り立つ。理想を述べるだけでなく、仕事を通じて実現しようとする点に社憲の特徴がある。
立石一真は会社の存在意義を、利益の追求だけでなく社会へ役立つことの中に見いだそうとした。利益が不要という意味ではない。会社を続けるには採算も必要だが、それを何のために用いるかという視点を置いている。利益と社会的価値を単純な二者択一にしない読み方がふさわしい。
一方で、「われわれ」を企業に所属する人だけに限定して考えると、事業が関わる顧客や取引先を見落とす。新しい製品を作る過程には多数の関係者がいる。誰が働き、誰が成果を受け取り、誰に負担が生じるのかまで見渡すことが、今日この社憲を読む際の問いになる。
「われわれの生活を向上し」|働く人の暮らしも含む
社憲の二つ目の節は、働く人々の生活が向上することを掲げる。社会のために働くという表現は、時に個人が無制限に犠牲を払うことの正当化へつながりかねない。自分たちの暮らしがよくなることを途中に明記しているところが重要だ。
オムロン公式の創業者史には、立石が「われわれの生活」を社員の暮らしと人類全体の暮らしの両方から説明した旨が記録されている。働く人の身近な課題から社会全体へ、視野を広げるための言葉として読める。
ただし、生活の向上を収入だけで測るのは不十分だろう。休養できること、安全に働けること、学ぶ機会を持てることも重要である。事業の発展を従業員の暮らしの改善に結びつけられているかを実際のデータで確かめる必要がある。
「よりよい社会をつくりましょう」|社会を待たない
最後は「よりよい社会をつくりましょう」という呼びかけで結ばれる。「よりよい」は特定の商品の性能を示す数値ではなく、社会が抱える問題を見つけ、解決へ向かう方向を指す。社会の変化を待つのではなく、働く主体として参加する意思が感じられる。
オムロンはこの社憲に、社会への貢献という「企業の公器性」と、自ら先駆けになる決意が込められていると説明する。二つの考えは、単なる奉仕の表明と新規事業への挑戦を結びつける。新しい技術を生むことも、誰の困り事に応えるのかによって価値が変わるという視点がある。
しかし「よりよい社会」は一つの会社だけで定義できない。利用者、地域、従業員、社会の異なる意見を聞くことが必要だ。企業が何を善と呼ぶかを押しつけないために、対話と検証の仕組みが求められる。
2015年の企業理念改定と現在の意味
オムロンは2015年に企業理念を改定し、社憲をOur Missionとして維持した。その下に「ソーシャルニーズの創造」「絶えざるチャレンジ」「人間性の尊重」という価値観を置いている。1959年の短い一文を、現在の判断や行動へつなぐために具体化した構造と考えられる。
この言葉を掲げる組織が変わり続けるなら、同時に社会課題も変化する。創業時には想像されなかった働き方や技術が生まれている。昔の文章をそのまま守ることと、そこから生まれる行動を時代に合わせて考えることは両立しうる。
関連する企業の人づくりの考えとして、松下幸之助「物をつくる前に人をつくる」とも比較できる。松下の言葉が人材育成とものづくりの順序を強調するのに対し、オムロン社憲は働く人の生活と社会の向上を結びつける。どちらも仕事の目的を製品の完成だけに限定していない。
まとめ|働く理由を社会の側から問う
「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」は、立石一真が1959年に制定したオムロンの社憲である。社員の仕事、生活の向上、社会への貢献を一つにつないだ正式な言葉として、現在も企業理念に位置づけられている。
この一節を読むと、企業にとって仕事は利益を得る活動であると同時に、社会へ何を返せるかという問いでもあることが見えてくる。ただし理念の実現は自動的ではない。事業や労働環境を具体的に確かめ、言葉と実践を比較する姿勢が必要になる。
原典確認:オムロン公式創業者史「第三話」とオムロン企業理念。タグ114根拠:公式創業者史に1959年5月10日付で掲げた社憲の全文が掲載され、現行の企業理念にも同一文言を確認できる。経営者・起業家ハブでは経営者の別の言葉も探せる。