明文化されていない仕事が結果を左右する
理化学研究所の木下佳昭は、生命科学の実験について「明文化されていない、勘や属人的なノウハウに大きく依存している」と語った。同じ手順を行ったつもりでも、実験者によって結果が変わることがあるという問題を指摘している。書かれた手順だけでは再現できない小さな操作が、研究の結果に影響するという視点がある。
研究の論文に実験方法が書かれていても、すべての操作が同じ細かさで記載されるとは限らない。例えば試料を採る量や、薬剤を加えるタイミングが少し違うだけで、後の観察が変わる可能性もある。文書に載っている方法と、実際に身体を使って行う方法の間には距離がある。
「勘」という言葉は、経験の価値を否定するために使われているわけではない。熟練者の判断には重要な知恵が含まれる。しかし、その判断が本人にしか分からない状態では、別の人が同じ方法を試しにくい。価値ある経験を、他者も確かめられる形にすることが課題なのだ。
この言葉を、全ての実験が再現できないという断定に広げることは適切でない。研究によって操作や環境は異なり、再現性を支える工夫も多い。木下が指摘したのは、微生物を扱う培養実験で具体的に生じる属人性である。
言葉を日常へ広げるなら、仕事が特定の担当者だけに依存する状況とも重なる。ただし、組織運営への応用は科学的な実験事実ではなく比喩だ。実験で確かめられた問題と、仕事で考えるための着想を区別する必要がある。
原典|理研・セイコー連携センターの2026年取材
出典は理研・セイコー連携センターの2026年7月28日付「生命科学に標準化と自動化を——」である。理研の木下佳昭研究員と、機械設計に携わる山田篤志へのインタビューを掲載し、「なぜ、実験の標準化・自動化が必要なのか」の節に木下の対象発言がある。話者、公開日、媒体、発言が置かれた節まで直接たどれる。
木下は、寒天プレート上で育てた大腸菌のコロニーから試料を採る操作を例に挙げる。論文にはどの程度の大きさのコロニーを選んだのかまで記されないことがあるという。抽象的な「属人性」という問題を、具体的な実験操作で説明している。
さらに、学生が研究室を卒業すると以前の実験を再現できなくなることがあると述べ、ピペット操作や薬剤投入のタイミングの差に触れている。個人の記憶や手の感覚が研究室の外へ伝わりにくいという継承の問題が浮かび上がる。
この課題に対し、木下はセイコーグループの技術者と協力し、培養条件の制御や測定、薬剤投入を自動化する装置の開発へ進んだ。問題を個人の注意不足だけにせず、装置の設計から改善しようとした経緯が紹介されている。
今回確認したのは研究機関が公開する当事者の取材記事である。装置の性能を全ての条件で独立に再測定したわけでも、あらゆる生命科学実験へ適用できると証明したわけでもない。当事者の説明と、別途必要な実験的検証を混同しないことが大切だ。
標準化と自動化は何を解決するのか
標準化とは、条件や手順を揃え、別の人も同じ操作を試せるようにすることを含む。自動化は、その操作の一部を装置に任せて変動を抑える方法の一つだ。手順を説明できることと、繰り返し安定して実行できることを組み合わせる必要がある。
取材で紹介される装置は、培養液の温度を調整し、細菌の増え方を測定して、条件に応じて薬剤を投入する仕組みを持つ。単に人間の手を機械に置き換えるだけではない。必要な測定結果に応じて次の操作を決められる設計に特徴がある。
ただし、自動化した装置の設定が誤っていたり、試料の状態に想定外の変化が起きたりすれば、結果が正しくなる保証はない。機械で実行することと、研究の妥当性を確かめることは別である。
また新しい方法に合わせて全ての研究を画一化することが最善とも限らない。未知の現象を調べる実験では、条件を変えて試す柔軟さも必要になる。再現したい操作を揃えることと、新しい問いを探る自由を守ることの両立が求められる。
装置によって時間を節約できたとしても、その時間をどう使うかは研究者が考える問題だ。木下は研究の本質的な問いを考える時間を増やしたいという方向も説明する。自動化の価値を、機械の稼働時間だけで測らないことが重要だ。
経験を共有できる形にする意味
職場では、ベテランが当たり前に行う手順が新人には理解しづらいことがある。その理由を一人の能力不足だけに求めず、手順が言葉になっているか、確認方法が整っているかを考えると改善の入口が生まれる。個人の経験を、共同で使える知識へ変えるという問いだ。
一方、手順書を増やせば全て解決するわけではない。文章では伝えづらい感覚もあり、状況が変われば判断も変わる。記録すること、実際に一緒に試すこと、必要に応じて見直すことを組み合わせる姿勢が役立つ。
関連する落合幸治「人間が『ロボットのお世話』にかかりきりになっている」は、実験を自動化した後に残る保守の問題を主題とする。木下の言葉は、そもそもなぜ操作を標準化するのかという出発点に焦点がある。再現性のための自動化と、自動化した装置を維持する課題を分けて読める。
そして、知識を共有するという目的のために、何でも数値へ置き換えるべきだという結論も避けたい。人の判断や観察が重要な場面では、その根拠を残しながら人が役割を持つ方法もある。人の知恵を軽んじるのでなく、他者が理解できる形へ広げるところに意義がある。
研究の信頼性は一度の装置導入で完成するものではない。異なる人が試し、問題があれば手順を修正して初めて、共有された方法が強くなる。誰が行っても確かめられることを目指し、試行錯誤を続けるという科学の姿勢が、この一節から見えてくる。