全員の成功を自分の成功と考える意味
ヴァイオリンとヴィオラの両方を演奏する横溝耕一は、室内楽での自分の役割について「アンサンブル全員の成功が、自分の成功だと考えるタイプですね」と語った。自分が目立つよりも、奏者たちが一つの音楽を作ることを大切にしている。個人の成果を、全体の響きから考えるという姿勢が伝わる。
ヴィオラはヴァイオリンとチェロの間の中音域を担うことが多い。華やかな旋律や低い音ほど目立つ場面でも、内声は和音の色合いを左右する。耳に残る音の大きさと、音楽の構造を支える重要さは同じではないという点を思い出させる。
横溝は、ヴィオラの音が特別に目立たなかったことを成功と感じる奏者もいると紹介した。一方で、その音が偶然耳へ入り、よいと感じてもらえたらうれしいとも話している。自分の音を持ちながら、全体の表現へ奉仕するという両面がある。
ただし、ヴィオラがいつも裏方に徹するべきだという意味ではない。作品によっては明確な旋律を受け持ち、表現の中心になることもある。楽器に固定した序列と、一人の奏者が選ぶ演奏上の姿勢を区別する必要がある。
「全員の成功」も、一人ひとりが同じ音を同じ大きさで奏でることではない。それぞれ異なる役割を聴き取り、必要な場面で音楽を前へ進めることに価値がある。違いを消さずに協力するのがアンサンブルの面白さだ。
原典|2026年10月28日Bunkamura公式取材
出典はBunkamura公式が2026年10月28日に公開した「ヴィオラを知れば、アンサンブルがもっと面白くなる」である。横溝本人がヴィオラの役割を語った後半の回答に、今回の一節が記録されている。本人、掲載日、媒体、発言箇所を直接確認できる。
取材ではヴィオラが和音の中間を支え、音の選び方で響きの印象を変えられることを具体例で説明する。横溝はブルックナーの交響曲を弾いた経験にも触れた。内声を担う音が、クライマックスへの変化に関わると実感したことが背景にある。
横溝はNHK交響楽団でヴァイオリンを弾き、ほかのアンサンブルではヴィオラを演奏する。二つの楽器を長く続け、ヴィオラの方が自由に音を作るアイデアを得やすいと語る。どちらが優れた楽器かではなく、同じ人が感じる表現の違いを述べている。
ヴィオラの楽器の寸法が一つに定まらないことや、柔らかな音色も紹介される。しかし素材や寸法の話と、演奏者の協調の仕方は別である。楽器の性質を根拠に、全ての奏者が同じ考えを持つと決めつけない姿勢が必要だ。
公開されているのは編集済み取材記事であり、全演奏を聴いて客観的に比較した研究ではない。奏者本人が語った演奏観と、演奏会の音響的評価を混同しないことが、原典に忠実な解説につながる。
内声から考える協働の創造性
複数の人が同時に音を出す場では、全員が一度に自分の音を強調すればよい演奏になるとは限らない。今はどの楽器が旋律を担い、どの声部が響きに厚みを与えるかを理解する必要がある。自分の能力を発揮することと、いつも前へ出ることは別なのである。
横溝がヴィオラを中間管理職にたとえるのも興味深い。異なる音域を結び、必要なときには和音の色合いを変える。目立たない役割にも、全体の方向を動かす能動的な力があるという比喩として読める。
とはいえ、その比喩を現実の職場へ移して、裏方の人は評価されなくてよいと結論するべきではない。労働条件や責任の分配は別の問題だ。音楽の協調という美意識と、組織における公正な評価は分けて考える必要がある。
合奏全体をよくするには、周囲の音を聴いて自分の表現を調整しなければならない。簡単に他の人へ合わせるだけではなく、作品の流れを予測する判断がいる。協調は主体性を失うことではなく、主体的に相手を理解することでもある。
アンサンブルには複数の人が異なる経験を持ち寄る。全員が同じ感覚になるのではなく、それぞれの解釈を演奏の中で重ねていく。個人の違いを残したまま一つの響きを作れることに、合奏の創造性がある。
音楽を超えて考えられること
複数の人で仕事をするときにも、前面に立つ役割と準備を支える役割がある。人の仕事を単に見えやすさで評価するのではなく、全体の結果にどのように関わっているかを確かめたい。役割の違いを、貢献度の上下と決めつけないことが重要だ。
ただし、全体のためにという言葉が、特定の人への無理な負担を正当化する場合もある。協働を大切にすることと、各人の努力や限界を尊重することは両立させなければならない。
低音による合奏の推進力を考えるなら、水野斗希「コントラバスは土台から音楽の流れを作り」も参考になる。横溝の言葉は中音域の奏者が重視する全体の成功だ。低音の時間感覚と内声の和音という異なる働きを読み比べられる。
自分だけが評価されたいと考えることを、すぐに悪いことと断じる必要はない。演奏家には個人として表現したい思いもある。そのうえで何を演奏の最終目標にするかを考える。個人の表現への願いと、全員の成功を喜ぶことは必ずしも対立しない。
この一節は、裏方に回れば成功だという単純な教訓ではない。周囲の音を聴き、作品を理解し、必要な表現を選ぶことを含む。自分の役割に主体的に向き合うことが、全体への貢献になるという具体的な可能性を残している。