「やりたくてもできない」に込められた問題意識
ハンドボール日本代表の渡部仁は、愛知・名古屋アジア競技大会に向けて地元大分の現状を語り、「ハンドボールをやりたくてもできない現状です」と述べた。競技が好きかどうか以前に、参加する場所やチームがあるかという問題へ目を向けた言葉だ。個人の努力だけでは解決できない、スポーツを始める機会の不足が主題になる。
渡部の発言は、地元大分でハンドボールのチームが減少しているという説明に続く。どれだけ競技へ関心を持っても、近くで仲間や指導者に出会えなければ続けるのは難しい。挑戦しようとする気持ちと、挑戦できる環境を分けて考える必要がある。
試合の勝敗は注目されやすいが、一人の選手がその舞台へ立つまでには多くの出会いがある。渡部はお世話になった人や地元への思いを言葉にしている。応援への感謝を、その競技を次の人へ届ける行動につなげたいという方向が読み取れる。
ただし、全国のハンドボールチームが同じ割合で減少していると主張したわけではない。本人が語った地元の状況を出発点としている。当事者の実感と、地域別の実態を示す統計を混同しないことが、言葉を正確に伝えるうえで大切だ。
競技普及とは、有名な選手を見て憧れることだけで完成するものではない。練習場所や活動を続けられる仕組みなど、現実の参加機会も重要だろう。人の気持ちを動かすことと、実際に参加できる道をつくることの両方を考えたい。
原典|2026年9月19日付JOCの選手団コメント
出典は日本オリンピック委員会が2026年9月19日に掲載した「TEAM JAPAN選手団コメント/アジア競技大会開幕に寄せて(2)」である。ハンドボール欄の「渡部 仁」の本人コメントに、今回の文章がそのまま含まれる。発言者、競技、発表日、原文の位置を公式資料から確認できる。
渡部は自国開催の国際大会へ参加できる喜びを語り、無観客だった東京オリンピックとの違いにも触れた。その後、日本代表として結果を残し、ハンドボールの普及へ貢献したいと話している。大会への意気込みと、地元の競技環境に関する懸念がつながっているのが分かる。
そして地元大分でチームが減っているという説明から、「やりたくてもできない」という言葉へ続く。単に競技人口を増やしたいという抽象的な目標ではない。競技に関心を持った子どもや若者が実際に活動できる機会を想像させる文脈になっている。
本人は、お世話になった人や地元のために身体を張り、競技の魅力を伝えたいと結んでいる。これは選手自身が選んだ大会前の抱負である。競技の普及という願いと、実際に参加者が増えたかどうかという成果を分ける必要がある。
今回直接確認したのはJOCによる公開コメントであり、大分県のチーム数について独自に全件調査したものではない。発言が確かに存在することと、背景のすべてを別資料で実証したことは異なると押さえたい。
競技の魅力を伝えるだけでは足りないこと
国際大会で活躍する選手の姿を見れば、新しい競技に興味を持つ人が出てくるかもしれない。そこで重要になるのは、興味を持った後に参加できる入口があることだ。観戦する機会と、自分で競技に取り組む機会には違いがある。
チームスポーツを始めるには仲間が必要であり、練習を支える場所や運営も欠かせない。活動場所が遠い場合には、時間や移動の負担が参加を難しくすることも考えられる。好きという気持ちだけでは超えられない条件を知ることが普及への第一歩だ。
もちろん地域ごとの事情は異なるから、何が最も大きな障壁かを本人の一節だけで決めつけることはできない。費用、指導者、施設など、必要な調査は別にある。言葉が示した課題を、実際の地域の声と情報で確かめる姿勢が重要になる。
選手にできることと、行政や学校、クラブの運営者が担うことも違う。代表選手が努力すればすべての地域課題が解決するという期待を背負わせてはいけない。競技の魅力を伝える役割と、環境を整える役割を分担する必要がある。
それでも選手が公の場で問題を言葉にすることには意味がある。普段は競技に関心がない人も、好きでも参加できない人がいると知るかもしれない。結果を競う場所から、地域でスポーツを始める人の暮らしへ視線を広げる言葉として読める。
挑戦の機会を次の人へつなぐために
仕事や学びでも、意欲があるのに参加する機会が不足する状況は起こりうる。そのとき本人のやる気だけを問えば、仕組みの問題を見落とす。誰かが挑戦できない理由を、能力や努力だけで説明しない視点は競技の外でも参考になる。
一方、機会を増やす施策がどんな効果を持つかは丁寧に検討する必要がある。誰にとって参加しやすくなるのか、持続できるのかを確かめなければならない。理想を宣言することと、実際に届く仕組みをつくることを区別するべきだ。
同じアジア大会に向けて発信された水口知保「スポーツは、人を動かす力がある!」は、競技が人の心に与える力を主題にする。渡部の一節は、心が動いた後に競技へ参加できる環境の不足を考えさせる。スポーツの魅力と、その魅力に触れる機会を比べて読める。
渡部の言葉を、誰もが同じ競技に親しむべきだという主張へ広げるのも適切ではない。人によって好きな活動は異なる。関心を持った人が自分の意思で選べる機会を大切にするという点に意味がある。
「やりたくてもできない」という短い一節には、試合で勝つための努力とは別の課題が表れている。競技者が感じる感謝を、次の世代が始められる環境への願いとして読むことで、スポーツを支える多様な人の仕事も見えてくる。 陸上で挑む姿を次世代へ届ける思いは、青木涼真「結果だけでなく、その過程も含めて次の世代につながる走りをしたいです」から、競技に接する機会の大切さと読み比べられる。