「自分が出す音」と向き合うということ
ヴァイオリニストの辻彩奈は、演奏家として大切にしたいことを問われ「自分が出す音にこだわりたい」と語った。技術的に難しい曲を弾きこなすことだけでなく、自分の身体と楽器から実際に生まれる音へ注意を向ける姿勢が表れている。どんな成果を見せるか以上に、一音一音をどう響かせるかを重視しているという言葉だ。
ヴァイオリンは弓と弦の接し方や身体の使い方など、多くの条件で音の表情が変わる。演奏家は楽譜を読むとともに、出た音を聴いて表現を確かめる必要がある。頭の中で思い描いた音と、客席へ実際に届く音の間を考えるという仕事が見えてくる。
辻は国際コンクールで優勝するなど大きな舞台を経験してきたが、今回の一節は受賞歴を並べるための言葉ではない。演奏家によっていろいろなアプローチがあると認めたうえで、自分が何を重視するかを説明している。他人との優劣より、自分の音楽の判断基準を持つという意味がある。
音へのこだわりは、同じ音だけをいつまでも出し続けることでもない。作品の特徴や一緒に演奏する人の音によって、求める響きは変わりうる。自分なりの基準を持ちながら、実際に鳴っているものへ耳を開くことが大切だ。
ただし音にこだわれば、誰もが必ずコンクールでよい結果を得られるという証明ではない。本人の演奏観であり、成果を保証する方法論ではない。ひとりの音楽家が積み重ねた経験から、自分にとって大切なことを選び直した言葉として読みたい。
原典|Bunkamuraの2025年11月13日付取材
出典はBunkamura公式が2025年11月13日に公開した「どんなことも楽しんで、ぶつかっていくチャレンジ精神/辻彩奈さんインタビュー」である。「自分が出す音にこだわりたい」の節で、辻本人が演奏活動への向き合い方として今回の言葉を使っている。掲載媒体、日付、話者と該当の表現を原文で確かめられる。
同じ回答で辻は、どれだけよい音を出せるかが重要だと感じるようになったと述べ、ピラティスによる身体づくりや自然な呼吸も紹介する。音の表現を感情や精神論だけでなく、身体との関係から考えていることが分かる。
取材では、幼少期に人前で話すのが得意ではなかった一方、ヴァイオリンの発表会へ出るのはうれしかったという回想もある。自分を伝えるための一つの手段として音楽が身近にあった経験が、現在の音への意識を考える手掛かりになる。
またマルタ・アルゲリッチとの共演で、相手の存在の大きさに遠慮したことを振り返っている。その後、自分の音楽を出してみようと考え直した経験が語られる。相手への敬意と、自分の表現を引っ込めないことをどう両立するかという問いも背景にある。
この記事は辻の本人取材を編集して掲載したものであり、すべての公演の音色を比較分析した音響研究ではない。本人がどんな演奏観を語ったかという確認と、演奏の客観的な評価は区別する必要がある。
演奏の準備と、共演の中の自分らしさ
音楽は一人で演奏する場合も、複数の人と共演する場合もある。共演するときには相手の音をよく聴く必要があるが、相手へ合わせるために自分の表現を全て消す必要はない。協調することと、自分の考えを持たないことは異なるのである。
辻はアルゲリッチとの最初の共演で、自分の音楽ができなかったと感じた経験を語る。次の舞台では違う姿勢で共演へ向かったという。一度の経験から自分に不足していたものを考え、次の機会に試すことが成長の形として見える。
とはいえ、大胆に演奏することが常に正しいという意味ではない。作品や編成によっては、別の声部を支えることが必要な場面もある。前へ出るべきときと、周囲の響きを支えるときを判断することも自分の表現に含まれる。
音を作る身体の条件にも個人差がある。辻が取り入れているトレーニングを、他の演奏家全員へ同じように勧める根拠はこの取材だけでは得られない。本人に役立った具体的な工夫と、万人に有効な指導法を分けて考えることが必要だ。
楽譜の記号を読むことは重要だが、目の前に書かれているものを再現しただけで演奏のすべてが決まるとは限らない。音がどう聴こえるかを確かめながら、作品の中で自分が何を伝えたいかを考える過程がある。
表現を仕事にする人が考えられること
文章や発表を仕事にする人にも、成果物の評価だけでなく、自分がどんな言葉や説明を届けたいかを考える時間がある。評価の数字へ向かう努力と、表現そのものの質を確かめる努力を分けずに持つという姿勢は参考になる。
ただし自分のこだわりだけを優先し、受け取る人の条件を無視してよいわけではない。誰に届けるのか、相手とどんなやり取りが必要なのかを知ることも重要になる。自分の判断を持ちながら、他者の存在へ耳を開くことを考えたい。
舞台で新しい表現を試すことについては天野薫「本番のときに、普段は弾いていない表現をしてみたりすることも」と読み比べられる。天野は本番の選択、辻は自分の音へのこだわりを主題にする。その場の工夫と、演奏全体を支える判断基準の違いが見えてくる。
ひとつの音に注意を払うことは、何でも完璧でなければならないと自分を追い込むことではない。音の好みも変わりうるし、試した方法が合わないこともある。こだわりを、動けなくなるための条件ではなく、よりよく試すための目印にすることができる。
辻の言葉には、舞台経験を重ねる中でも自分の耳と判断を大切にしたいという意思がある。成功したという肩書だけでなく、いまどんな音を出しているのかを問い続ける姿勢を、ヴァイオリンという具体的な表現から受け取りたい。