団塚唯我「映画の外側に出ていける体験があればいいな」の意味と出典|『見はらし世代』と渋谷の街

映画の外側に出ていける体験を願う

映画監督の団塚唯我は『見はらし世代』について「映画の外側に出ていける体験があればいいな」と語った。作品を観終えた人が、そのまま現実の街へ出て歩くことを想像した発言である。上映中だけで完結せず、観た後の世界の見え方にまで関心を向けている。

映画はスクリーンの中に風景や人物を映し出す。しかし観客は上映が終われば席を立ち、元の生活へ戻る。団塚は、その切り替わりの時間も含めて作品の経験を考えた。観客が映画の外へ出たとき、知っている街がどう見えるかを問う視点がある。

舞台となった渋谷では、街並みが変化し、開発が進む一方で、そこで生活する人々の日常が続いている。映画を観た人がその場所を歩くと、普段は見逃していた景色に気づくかもしれない。物語を現実の場所とつなげて、もう一度周囲を見ようとする願いだ。

ただし、映画を観た誰もが同じ発見をするわけではない。また映画に描かれたことが、街の歴史や社会問題のすべてでもない。監督が目指した鑑賞後の感覚と、観客に実際に起きた変化を区別する必要がある。

原典|Bunkamura公式2025年10月17日付取材

原典はBunkamura公式が2025年10月17日に公開した「複雑な感覚を複雑なままに/団塚唯我さんインタビュー」である。「映画を観終えた後の時間に込めた想い」の項目に、監督自身の言葉として当該文言がある。媒体、公開日、話者、節見出し、原文を具体的に特定できる。

取材は長編デビュー作『見はらし世代』の公開に合わせて行われ、映画を学び始めた経緯や、撮影・編集の現場についても紹介している。団塚は渋谷の変化と家族の関係を題材にした。今回の言葉は一般的な映画論だけではなく、特定の作品を作った判断に根ざしている。

監督は、観客が鑑賞の直後にスマートフォンで作品の評価を調べ、映画をすぐ忘れることもあると述べた。そのうえで『見はらし世代』を観た人に実際の渋谷を見てほしいという。評判を確認する前に、作品から受け取った感覚を自分の目で確かめてほしいという願いが読み取れる。

これは本人取材を編集した記事であり、観客全体の行動を計測した調査ではない。鑑賞直後のスマートフォン利用を誰もが行うと断定する資料でもない。監督の観察や制作意図と、一般化できる行動の実測を区別することが大切だ。

『ただ撮る』ことに込めた態度

同じインタビューで団塚は、再開発が進む渋谷をどう映すか考えたと語る。新しくできた公園で楽しそうに過ごす若い人々の姿も見た一方、開発によって居場所を失う人の問題も意識していた。街を一つの善悪の物語に簡単にまとめられない感覚があったという。

そこで撮影中は「ただ撮る」という考えを心に置いたと話す。問題を無視して撮影するという意味ではない。先に結論を押し付けず、街とそこにいる人を画面へ残そうとする姿勢だと理解できる。

都市の開発には多様な立場がある。便利になったと感じる人がいれば、以前の場所が失われたと感じる人もいるだろう。どちらか一方の姿だけを見れば、街の変化を単純化する危険がある。複雑なものを複雑なまま見ようとする態度が、撮影方法にも表れる。

もちろんカメラを向ける場所や撮影した映像を選ぶ行為自体に、監督の判断が含まれる。完全に中立な映像が自動的にできるわけではない。「ただ撮る」を客観性の保証とせず、何を見せるか考え続ける制作上の方針として読む必要がある。

観客の五分後までを考える映画

団塚は作品の最後を、観た人が現実へ出ていく体験を願って撮ったと説明した。映画を観終えた後の数分までを作品の中へ包み込むようなイメージも語っている。エンドロールで全てが終わるのではなく、その後の時間へ余韻をつなぎたいという構想だ。

渋谷の街を舞台にした作品では、上映館から歩いて実際の場所に触れられることもある。監督は上映館とロケ地の近さにも言及した。映画に描かれた空間と観客のいる現実の空間が重なることが、この一節を具体的にしている。

ただし鑑賞した人がロケ地を訪れなければ作品を理解できないわけではない。遠くの地域で観る人や配信で観る人にも、記憶に残った場所を歩き直す経験はあり得る。同じ街を実際に歩くことは一つの可能性であって、唯一の鑑賞方法ではない。

映画が人の視点を変えることはあるが、どの場面で何を感じるかは人によって違う。その開かれた部分が作品の魅力でもある。監督の意図を答え合わせとして固定せず、観客自身が街をどう見るかという問いを残す。

映画をつくる集団と街を見る視点

団塚は撮影や編集を、多くの人と意見を交わす集団作業としても語った。粗くつないだ映像を仲間に見せて率直な意見をもらうことで、次の作業が進んだと振り返る。異なる人の見方を取り入れることが、作品の形を変える経験だった。

監督の視点を一つの結論へ押し込めず、作り手同士の意見も受け止めることは簡単ではない。しかし複雑な街や家族の関係を描く作品であれば、その違いは新しい見方につながり得る。自分の考えを持ちながら、他者の感覚へ開かれていることが制作の一部となる。

吉開菜央「映画はある種の夢である」は、映像と記憶、現実の関係を別の角度から考える言葉だ。映画の中に現れる世界と、観終えた後に残る感覚の違いを読み比べられる。

清原惟「一人の人生を一本の映画にすることは不可能」は、映画に含められない記憶にも目を向ける。団塚の一節と比べると、映画に映せたものだけで世界を理解したつもりにならず、画面の外へ視線を伸ばすという問いが見えてくる。

「映画の外側に出ていける体験」は、作品の余韻を現実の街へ開くための言葉である。スクリーンだけでなく、観客がその後どこを歩き、何に気づくかまで想像している。映画を見終えた先にも、見ることは続くという可能性を示している。

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