言葉を話せない馬と「一緒に挑戦する」
馬術選手の米本晃子は、愛知・名古屋アジア競技大会を振り返り、「馬術は、言葉を話せない馬と気持ちを通わせ、一緒に挑戦するスポーツです」と語った。人が馬を一方的に動かすだけではなく、二つの存在が協力することを競技の中心に置いている言葉である。
馬術は人間の判断や身体操作だけでは完結しない。馬の動きや状態にも左右され、競技者はその変化を感じながら対応する必要がある。相手が言葉で説明できないからこそ、行動や身体の反応を丁寧に確かめることが重要になる。
「気持ちを通わせる」という表現は、馬の感情を人間と同じ言葉で完全に理解できるという意味ではない。動物の状態を観察し、経験を積み重ねる中で関係を築くこととして読める。分かったつもりにならず、相手の状態を見続けるという慎重さが含まれる。
ただし、騎手が望む結果を出すために馬へ無制限の負担を掛けてよいわけではない。動物の健康や安全を考える必要がある。協力を語るのであれば、競技の成果だけでなく、共に競技する馬の福祉にも目を向ける姿勢が欠かせない。
原典|2026年10月4日付JOC公式コメント
出典は日本オリンピック委員会が2026年10月4日に公開した「【TEAM JAPAN選手団コメント】アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)閉幕に寄せて(4)」。馬術の米本晃子本人コメントに当該文言が掲載されている。発言者、競技、公開日、一次掲載場所を確認できる。
米本は、TEAM JAPANの仲間とともに団体で銅メダルを獲得できたことを喜び、多くの応援に感謝を伝えた。勝利した自分だけの物語ではなく、仲間と馬と支援者が関わる大会経験の中で語られた言葉である。
コメントの後半では、これからも馬から多くのことを学び、より良いパートナーになれるよう挑戦したいと述べている。メダルを得た後も、馬との関係は完成したと考えていないことが分かる。
これは大会閉幕に寄せた本人コメントであり、馬の状態を獣医学的に検査した報告ではない。米本が語った競技観や抱負を確認できることと、特定の馬の心理や健康状態を独立に断定することは異なるので、その限界を明示したい。
「気持ちを通わせる」ために必要な観察
人と馬の間では、言葉による説明の代わりに、姿勢や動き、反応などを通して意思を伝えることになる。騎手は馬の変化を読み取り、馬も騎手からの合図に反応する。一方通行の指示だけではないやり取りが、共同作業を形づくる。
ただし、どんな動作が何を意味するかは馬によって違い得る。人間の側がその場の反応を一つの感情に決めつけるのは慎重であるべきだ。観察した事実と、自分がそこから推測したことを区別することは、相手が動物でも重要になる。
競技で上手に動きを合わせるには、技術や練習だけでなく、長く関わる中で互いの特徴を知る時間も必要になるだろう。同じ目標へ向かうために、相手をよく知ろうとする姿勢が求められるという点が、この言葉の魅力だ。
その一方で、馬が疲れていたり不調だったりする場合は、安全と健康を優先しなければならない。競技のために相手を理解するのではなく、相手の状態に合わせて競技の判断を変える責任もあると考えたい。
団体の銅メダルと、馬から学ぶ姿勢
米本は団体での銅メダルを喜んだ後に、馬から学び続けたいと述べる。勝利を得たことと、まだ学ぶべきことがあると感じることは矛盾しない。大会の成果を次の関係づくりへつなげようとする姿勢が表れている。
馬術における団体戦には、複数の騎手や馬が関わる。個々のパートナーシップだけでなく、仲間の競技や支える人々との関係も成果の背景になる。一人の騎手の技術だけでは説明できない、多層的な協力がある。
また米本は、馬術という競技を少しでも多くの人に知ってほしいと願っている。言葉を話さない馬との協働を伝えることは、その魅力を知る入口となる。結果だけでなく、何がこの競技を特別なものにするのかを発信する意味がある。
ただし、馬術に関心を持った人が必ず競技を始めるべきという話ではない。動物と人がどう関わるかを考えるきっかけになれば、観戦する人にも価値がある。競技の裾野を広げることと、馬への理解を深めることを一緒に考えることができる。
人と馬のパートナーシップから考える
米本の一節は、人間が相手を十分に理解できないとき、どのように協力を築けるのかという問いを残す。言葉にできない相手の変化を観察し、必要なら自分の判断を修正する。自分の考えを押し通すのではなく、相手の反応から学ぶ姿勢が重要だ。
西藤俊哉「この金メダルは、皆さまと一緒につかんだものだと思っています」は、周囲の支援者と成果を分かち合う言葉である。達成の背景にある協力を認める点でつながる一方、馬術には動物との協働という独自の難しさがある。
飯澤千翔「最後の直線で背中を押してくださったファンの皆さま」は、走る選手が声援をどう受け取ったかを語る。競技をする本人だけでなく、関わる存在が経験を形づくるという視点で比較できる。
米本の言葉を、人と動物が言葉なしで必ず分かり合えるという美談にしないようにしたい。理解できない部分があるからこそ、確かめ続ける必要がある。同じ目標へ向かう相手を尊重し、学び続ける関係こそが「一緒に挑戦する」意味なのだろう。