「投資そのものを目的とするのではなく」という言葉
ソニーベンチャーズの波多野和人は、スタートアップ投資について「投資そのものを目的とするのではなく、それを起点に新たな事業や価値を生み出し、成長につなげることが重要だと考えています」と語った。資金を投じたという事実だけでは仕事が終わらず、投資先とどんな価値を生み出すかを問い続ける姿勢である。
スタートアップへ投資するときには、資金を提供する側と事業を育てる側が関わる。投資資金は研究開発や採用、販路の拡大などに使われ得るが、お金だけで新しい事業が生まれるとは限らない。事業への知識や協力先とのつながりも、成長の過程に関わるという考え方だ。
波多野はソニーグループの事業部門との協業も重視している。ただし、提携先が増えれば必ず成功するという保証ではない。何を一緒に実現するのかという目的を持たずに、組織をつなぐことだけを成果にしないという含意がある。
この一節を、投資は収益性を無視してもよいという主張と受け取ってもいけない。同じ取材で波多野は外部投資家へリターンを返す責任も語った。投資家への説明責任と、社会へ新しい価値を届ける事業づくりを同時に考える必要がある。
原典|ソニーグループ公式2026年10月13日付記事
出典はソニーグループの公式ブログ「投資のその先へ。Sony Innovation Fundが育むグローバルな共創のエコシステム」である。2026年10月13日付の「『投資』で終わらない、価値創出と成長への道筋」の節に、波多野和人本人の発言として掲載されている。話者、日付、掲載元、発言が置かれた節を特定できる。
記事では、Sony Innovation Fundが2016年に始まり、ソニーグループの事業とスタートアップとの協働を進めてきたと紹介する。2026年時点で約220社への投資実績があるという説明もある。今回の言葉は特定企業の投資運用について語る文脈であり、全ての投資に共通する定義として述べられたものではない。
波多野は投資先と事業部門が協力できるかを重視し、投資前から社内の関係者の意見を取り入れる体制へ見直したと説明している。投資した後に初めて協力先を探すのではなく、事前から実際の事業との接点を考えるという方法である。
ただし企業の公式記事だけで、投資成果が常に高かったことを独立に立証することはできない。公式に記録された方針と、財務上の実績や個々の投資先の状況は分けて評価する必要がある。
資金と事業の協力をどう結び付けるか
スタートアップが優れた技術を持っていても、実際に利用する顧客と出会えなければ、事業として広がりにくい場合がある。大企業の事業部門が持つ知識や販売網、開発の経験が役立つ場面もある。資金の提供と、事業を進めるための協働は異なる役割を担っている。
波多野はその協働を増やすために、事業部門の担当者が投資チームへ関わり、互いの情報を行き来させることも紹介した。会社の中で誰が現場の知識を持ち、どの人へ相談すべきかを分かる状態にすることが重要だという。
一方、協働する相手が大企業であれば常に有利というわけでもない。事業の目的が違えば、意思決定の速さや求める成果にもずれが生まれる。協力によって何を良くできるのか、双方が具体的に理解しているかが問われる。
新しい事業の価値は、事業を使う人の体験や、提供する製品・サービスによって初めて確かめられる部分がある。投資先との会議や組織の連携を成果と呼ぶ前に、そこから何が生まれたかへ目を向ける必要がある。
データ分析と現場の知識を両方使う
波多野は投資運用を見直す際、過去の実績やデータを分析し、経験による判断に統計的な方法を組み合わせたと説明する。経験が豊かでも、思い込みだけで判断せず、過去の結果から学び直す姿勢が見える。
投資対象を広い領域から六つの重点分野へ絞り込んだことも紹介されている。これは対象を狭くすれば必ず成功するという意味ではなく、分析を経て選んだ当時の方針だ。事業の強みと投資のリスクをどう組み合わせるかという判断には、前提と責任が伴う。
グローバルな投資チームの活動では、各地で暮らす人がどのような商品や文化に関心を寄せているかを、現場の観察から知ることもあるという。数字で示された市場の動向と、日常の中で見える人々の行動を補い合う情報として考えることができる。
ただし現地で見た少数の人の行動が、社会全体の代表になるとは限らない。観察には偏りが生じる可能性がある。現場の実感を大切にしながら、データと照合して判断するという慎重さが必要だ。
投資のその先へ目を向けるということ
「投資そのものを目的としない」という言葉を、資金を出す行為を軽く扱うものと考える必要はない。投資にはリスクがあり、判断の根拠や説明責任が求められる。資金をどう使い、どのような事業や価値へつなげたいかまで考えることが中心だ。
安藤百福「企業在人・成業在天」は、事業を作る人と、その価値を受け取る社会の関係を語る。資金や企業の仕組みだけでなく、実際に行動する人と利用者へ目を向けるという点で読み比べられる。
ラヴィ・アフジャ「常にクリエイターのビジョンを中心に据えながら」では、事業の成長を考える際にも、作り手の意図を守る重要性が語られる。企業が規模を広げるとき、何を中心に判断したいのかを問い直すという共通点がある。
波多野の一節は、投資の成功を一つの数字だけで判断しないように促す。企業が投資をどう活用し、その先で何を生み出そうとしているかを考えるための言葉である。行ったことを成果と呼ぶのではなく、そこから生まれる価値へ視線を延ばす姿勢として受け取りたい。