はじめに
「真に自由な人は、自分にできることを望み、自分が望むことをする」。ルソー『エミール』にある、自由についての重要な一節です。
直前でルソーは「自由こそ最大の善であって、権力ではない」と述べます。ここでいう自由は、望んだものを何でも手に入れられる無限の力ではありません。
自由と「できること」の関係
欲望が自分の力を越えて膨らめば、人は他者に依存し、満たされない要求に苦しみます。逆に、自分の力と欲望の範囲が釣り合えば、世界を支配しなくても自由でいられる。
この考えは、『エミール』の幸福論と同じ構造です。ルソーは真の幸福を、欲望と能力の差を小さくし、両者を均衡させることに見ます。
「欲望を諦めろ」という話でもない
ルソーは単純な禁欲を勧めているわけではありません。欲望を能力より小さくしすぎれば、使われない力が残り、自分の存在全体を享受できないとも述べます。
目指すのは、欲望をゼロにすることでも能力を無限に増やすことでもなく、自分の力と意志が釣り合う場所です。
教育論としての自由
この原則をルソーは子どもの教育へ適用します。子どもを他人へ命令して欲望を満たす小さな支配者にしない。必要と能力の範囲を経験させ、現実との関係の中で自分の力を知るようにする。
だから「何でも好きにさせること」と自由は同じではありません。
まとめ
「真に自由な人は、自分にできることを望み、自分が望むことをする」は真正なルソーの文章です。
自由とは世界を自分の欲望に従わせる力ではなく、欲望と自分の力との関係を整えること。この一節は、ルソーの教育論・幸福論・自由論を一本につなぐ言葉です。
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原典と出典状態
ルソー『エミール』第2編の原文には「L’homme vraiment libre ne veut que ce qu’il peut, & fait ce qu’il lui plaît」とあります。直前では権威ではなく自由が第一の善だと説明し、この原則を子どもの教育に適用すると続けます。自分の力と望みを調整する話であり、他人に命令して希望を無制限に実現させる自由ではありません。