「天は二物を与えず」の本当の意味と由来|1832年の用例と芥川『戯作三昧』

はじめに――「天は二物を与えず」は才能が一つしかないという意味?

容姿も才能も優れている人を見て、「天は二物を与えずというのに」と驚いたことがあるでしょう。このことわざは、一人の人にいくつもの美点がそろうとは限らない、という意味で使われます。しかし「人間は必ず一つの長所しか持てない」という自然法則を示した言葉ではありません。

誰かを褒めるつもりで使ったとしても、別の部分には欠点があるはずだと決めつける響きが生まれることがあります。反対に、不得意なことがあっても何も問題ないと慰める言い方にもなります。ことわざの意味だけでなく、誰に向かってどんな場面で使うかまで考える必要があります。

この記事では国語辞典が示す1832年の用例と、芥川龍之介が1917年に発表した『戯作三昧』での使用を取り上げます。用例の書誌と文学作品の本文を分けて検証し、どこまでを原典から確認できたか明示します。

辞典が説明する意味――長所は一つに限るのか

『デジタル大辞泉』は「天は二物を与えず」を、天が一人の人間にそれほど多くの長所を与えることはしない、という趣旨で説明しています。『精選版 日本国語大辞典』も、長所がそろっている人はめったにいないという意味を挙げます。語釈は傾向を語るたとえであり、人間の能力に数学的な上限を定めるものではありません。

「二物」という語が入っていますが、二つだけなら持てるという数の話として読むと混乱します。いろいろな美点が一人に集まることは珍しいと述べる表現で、能力の種類を厳密に数えているわけではありません。数字の字面をそのまま事実として扱わないことが理解の第一歩です。

実際には勉強も運動も得意な人がいますし、複数の分野で長い時間をかけて技能を身につける人もいます。ことわざを理由に、そのような事実を否定する必要はありません。昔の人のものの見方を示す慣用句と、現代の個人差についての科学的な説明は別物です。

1832年の古い用例――「天二物を下さず」という形

『精選版 日本国語大辞典』は、洒落本『傾城情史』1832年の用例を掲げています。そこでの表記は現在の「天は二物を与えず」と少し異なり、「天二物を下さず」という形です。表記の違いがあることを知ると、ことわざが常に一つの固定した文字列で使われていたわけではないと分かります。

辞典が挙げる例では、容姿のよさと豊かさがそろう人物は珍しいという文脈で用いられています。人のさまざまな条件を一度に備える難しさを表す例として理解できます。ただし今回確認できたのは辞典に採録された用例であり、1832年の古刊本そのものの該当ページを直接読んだわけではありません。

さらに、1832年はこの語が生まれた年と断定できるものではありません。辞典が確認できた掲載例より以前から、別の表記や口頭の言い方が広まっていた可能性があります。用例の掲載年と、誰かが最初に言い始めた年を混同しないようにします。

1917年『戯作三昧』――芥川龍之介の名言ではない

芥川龍之介の『戯作三昧』本文にも「天二物を与えず」という表現が登場します。作品の一場面で、近江屋平吉という人物が曲亭馬琴に向けて話す台詞として使われています。芥川がこのことわざを作品に書いたことと、芥川自身が独自に作った名言であることは、まったく違います。

物語では、馬琴のような大家ならどんな種類の作品も自由に作れるだろうと考えていた平吉が、そうではないと知ってことわざを持ち出します。一方、馬琴は相手の言い方を素直には受け取りません。褒めたつもりの言葉が、相手には能力を低く評価されたように聞こえるという、微妙なずれが描かれています。

青空文庫の書誌は、この作品が1917年11月に『大阪毎日新聞』で発表されたことを示しています。本文を直接読めるので、台詞の登場人物と場面を確認できます。1917年の作品例は原文照合済みですが、それより古い1832年の用例の原本照合まで終えたとするものではありません。

使い方の注意――褒め言葉が失礼になることも

たとえば「あの人は仕事もできて親切だ。天は二物を与えずというけれど、すごいね」と言うと、複数の長所を持つ人への驚きを表すことができます。この場合、前半で相手を評価していることが明確です。ところが「頭がよいから運動は苦手なはず」と決めつけるなら、ことわざを偏見の根拠にしてしまいます。

努力によって伸びた能力を、生まれつき天から与えられたものとしてだけ説明するのも慎重でありたいところです。もともとの得意不得意だけでは、長年の経験や練習を説明しきれません。相手の積み重ねを軽く扱わず、具体的な行動や成果を褒める方が伝わることもあります。

親子や才能についての表現と比較するなら、当サイトの「鳶が鷹を生む」の意味と由来も参考になります。こちらは親と子の能力を比較するたとえで、「天は二物を与えず」は一人の中にいくつもの美点があるかどうかへ焦点を当てます。どちらも人の能力をひとことで表す便利さと、決めつけの危険を併せ持っています。

まとめ――ことわざを人間の限界と決めつけない

「天は二物を与えず」は、一人に多くの長所や美点がそろうとは限らないという意味です。しかし、人には必ず欠点があると証明する言葉でも、才能は一つまでだという法則でもありません。他人を評価するための絶対的な基準ではなく、昔から使われてきた比喩として理解することが大切です。

古い用例は国語辞典の1832年『傾城情史』の記録、文学作品内の使用は芥川龍之介『戯作三昧』の本文で確認しました。後者は1917年の実際の文章を読めますが、前者の古刊本は未照合です。このため用例全体の出典状態は117(要検証)とし、成立年を確定したとは述べません。

人のよいところを見つけたときは、ほかの部分には必ず弱点があるはずだと考えるより、その人の努力や持ち味をそのまま認めた方がよいでしょう。ことわざが教えてくれるのは、人をひとつの物差しで測りきれないという注意でもあるのです。

次に読むテーマを探す

気になる言葉や人物・作品を探すなら、以下の入口から。仕事の記事やサイト全体検索にも進めます。

記事の記述・出典に誤りや疑問点がありましたら、お問い合わせから該当記事のURLと確認できる資料をお知らせください。内容を照合し、必要に応じて訂正します。

編集方針と運営者について →

↑ ページの先頭へ戻る