はじめに|竹馬の友は仲のよい幼なじみ?
幼いころから一緒に育った友人を表す「竹馬の友(ちくばのとも)」。久しぶりに会っても昔と同じように話せる友達を思い浮かべる人も多いだろう。現在の日本語では、子どものころから親しく付き合っている友人という意味で使われる。
ところが由来をたどると、少し違う景色が見える。中国の歴史書『晋書』では、同じころから名を知られた二人の人物が対立し、一方が相手を見下すために子どものころの竹馬の思い出を持ち出している。温かい友情の言葉だと思って原典を読むと、意外な競争心に出会うのだ。
この記事では『晋書』巻77「殷浩伝」を原文で確認し、桓温と殷浩がどんな関係にあったか、どのような竹馬で遊んでいたのか、なぜ現在の意味になったのかを整理する。現代の意味と由来になった逸話の意味を分けて理解することが目的である。
読み方と意味|「ちくばのとも」と読む
「竹馬の友」は「ちくばのとも」と読む。「たけうまのとも」と読む言い方ではない。現在の国語辞典は、幼年時代からの親しい友人、幼なじみという意味を示している。竹馬で遊んだことが、長く続く付き合いの象徴として使われている。
この言葉を使うのは、同じ学校へ通った人や幼いころの近所の友人など、昔からのつながりを語る場面である。「二十年ぶりに竹馬の友と再会した」と書けば、時間を越えて残る関係が伝わる。単に今日知り合った親しい人を指すのではなく、付き合いの始まりが古いことが大切だ。
ただし、竹馬の友と呼べるために、今も毎日のように連絡を取っている必要はない。過去からの関係を表す言葉であり、現在の距離感は人によって異なる。長く知っていることと、いつでも仲がよいことを同一視しないという使い方もできる。
原典は『晋書』巻77「殷浩伝」
由来として確認できるのは、中国の正史『晋書』巻77「殷浩伝」に残る桓温の言葉である。殷浩と桓温は若いころから高い評価を受けた人物として記され、互いに競い合う気持ちを持っていたと説明される。二人の関係を紹介する箇所に、竹馬の逸話が続くのが原典上の位置づけだ。
原文の核心は「少時吾與浩共騎竹馬、我棄去、浩輒取之」という記述である。桓温が、自分と殷浩は幼いころ一緒に竹馬に乗ったが、自分が捨てた竹馬を殷浩がいつも拾った、という趣旨を語った部分だ。子どもの遊びの思い出は、対等な友情の証明としてではなく、上下関係を主張する材料になっている。
この後、桓温はだから殷浩は自分より下のはずだという意味の言葉を続けている。『晋書』にその発言が書かれていることは確認できるが、当時の会話が逐語的に記録された証拠が現代まで残るということではない。歴史書に伝えられた逸話と、実際の会話の録音のような直接記録を区別する必要がある。
桓温と殷浩|幼なじみの競争心
『晋書』によれば、殷浩は学問や談論に優れた人物として評価され、一方の桓温は武力を背景に力を伸ばした。二人が同時代の著名な人物とみなされたことで、桓温には競争心が生まれていた。昔の友達であることと、相手へ対抗心を持つことは両立するという複雑な関係だ。
その後、殷浩は軍事行動で失敗し、地位を失う。桓温が竹馬の話を持ち出すのは、この失脚に続く部分である。相手の立場が弱くなった時期に、幼いころの優劣を語り直していることが、単純な友情物語と違う点である。
ただし、桓温は別の人物に向けて、殷浩には徳や言葉の力があり、違う役職なら能力を生かせただろうという趣旨も語ったと記されている。ライバルを低く見せたい気持ちと、相手の能力を認める評価が同じ人物の中にあることが、この逸話の興味深いところだ。
「竹馬」は現代の二本足の竹馬と同じ?
日本で「竹馬」と聞くと、二本の棒に足を乗せる横木を付け、地面から少し高い位置を歩く遊具を想像しやすい。しかし『晋書』の故事でいう竹馬は、それと同じ形だとは限らない。古い用法では、竹の棒にまたがって馬に乗ったまねをする遊びを指す。
漢字ペディアや日本語辞典の解説でも、子どもが竹を馬に見立てて遊ぶことが由来として紹介されている。日本で後に発達した高足の竹馬を思い浮かべて原文を読むと、遊び方の印象が変わってしまう。同じ漢字でも、時代や地域によって具体的な道具が違うのである。
大切なのは、道具の形を厳密に再現することより、幼いころの遊びが二人の関係を示す象徴になっている点だ。竹馬は子どものころからの付き合いを表す手がかりであり、後世の日本語ではその部分が特に重んじられた。
現代の「友情」と原典の「対抗心」をどう読むか
現在の竹馬の友は、ほとんどの場合、親しみのある幼なじみを表す。では原典の競争心は消してよいのだろうか。意味が時代とともに変わること自体は言葉によくある現象だが、由来を知れば表現の奥行きが増す。優劣を競う二人の記憶から、長く続く関係の象徴が生まれたと考えられる。
同じ子ども時代を過ごしていても、成長後の進路や立場が変われば、付き合い方も変わる。昔の友人が今は仕事の競争相手になることもあれば、一度距離を置いて再び親しくなることもある。幼なじみという関係の長さは、気持ちがずっと同じであることを保証しない。
だからこそ、この言葉は親しさを表す便利な表現として使いながら、相手との関係を勝手に決めつけないことが重要になる。昔から知っているという事実と、現在どんな関係を築くかは別の問題だ。
『走れメロス』にも現れる竹馬の友
太宰治『走れメロス』にも、幼いころからの友人を表す言葉として「竹馬の友」が用いられている。メロスが信頼する石工セリヌンティウスを紹介する場面であり、現代日本語に近い、長年の友情を表す意味が伝わる例として読むことができる。
ただし『走れメロス』では、友情を守るために何を選ぶかが中心となる。一方、『晋書』の桓温と殷浩の話では、長い関係の中にある競争や優越意識が焦点となる。同じ語が使われても、作品の主題まで一致するわけではない。
関連する話として、『走れメロス』のあらすじと結末では信頼と約束の問題を、「管鮑の交わり」では相手を理解する友情を考えられる。幼いころからの付き合い、信頼、理解という異なる意味を読み比べる入口になる。
まとめ|幼なじみを表す言葉に残る意外な背景
「竹馬の友」は、子どものころから親しく付き合う友人を指す言葉である。出典は『晋書』巻77「殷浩伝」の桓温と殷浩の逸話に求められる。原典では、相手への優越を示すために幼いころの竹馬が持ち出されたことが、現在の温かい語感との違いだ。
また、故事の竹馬は、現代日本の二本足の遊具と同一とは限らず、竹を馬に見立てて遊ぶものとして理解される。読み方、道具の違い、人物関係を確かめることで、熟語の見え方が変わる。
主要出典:『晋書』巻77「殷浩伝」漢文本文(維基文庫)、『精選版 日本国語大辞典』『故事成語を知る辞典』の「竹馬の友」(コトバンク)、漢字ペディア「竹馬の友」。原典の人物名と発言位置、前後の競争の文脈を直接確認し、現在の日本語の意味は辞典で照合した。漢文の日本語説明は独自訳であり、実際の会話を逐語記録したものと断定しない。