ひとりマーケターの組織論:最初に採用すべきは「右腕となる戦略家」か「時間を創る実務家」か

マーケティング

終わりのない「忙殺」の正体

ひとりマーケターが抱える孤独とリソース不足は、単なる「人手不足」ではありません。それは、思考(Why)と作業(Do)が未分化のまま混在しているという、組織構造上の欠陥に起因しています。

企業の成長を一身に背負い、戦略立案からメルマガの配信設定、果ては展示会の備品発注までこなす。そんな日々の中で「もう少し手があれば、本来やるべき戦略に集中できるのに」と焦燥感を抱くのは、あなただけではありません。しかし、ここで安易に人を増やしても、問題が解決するどころか、マネジメントコストが増大し、かえって状況が悪化するケースが後を絶ちません。

なぜなら、多くのひとりマーケターが直面しているのは、「業務量の問題」に見えて、実は「業務プロセスの再現性欠如」という構造的な問題だからです。本記事では、組織拡大の第一歩において、誰を採用すべきかという問いに対し、目先の負担軽減ではなく、持続的なマーケティング組織を構築するための「設計図(アーキテクチャ)」を提示します。

なぜ「自分より優秀な人」の採用は失敗するのか

現状の業務プロセスがブラックボックス化した状態で「優秀なマーケター」を採用することは、船の操縦法が定まっていない現場に、別の航路を主張する船長を招き入れるようなものです。

「自分より優秀なマーケターを採用すれば、戦略も立案してくれるし、売上も上がるはずだ」。多くの経営者やひとりマーケターがこの幻想を抱きます。確かに、ハイレイヤーな人材は魅力的です。しかし、組織の第一歩としてこの選択をすることは、多くの場合において「劇薬」となります。

よくある失敗パターンとして、「救世主願望によるミスマッチ」が挙げられます。戦略や勝ち筋が見えていない段階で外部から優秀な人間を入れれば、魔法のように解決してくれると期待してしまうのです。しかし、優秀な人材ほど、独自の理論やスタイルを持っています。あなたの会社に「暗黙知」として蓄積されているコンテキストや顧客理解がないまま、彼らが独自の正解を持ち込めば、既存のあなたの方針と対立し、組織は分断されます。

まずは、あなた自身の頭の中にある戦略と戦術を言語化し、組織としての「勝ちパターン」を仮説レベルでも確立すること。優秀な右腕が必要になるのは、その勝ちパターンをさらにスケールさせるフェーズであって、混沌とした現状を整理するフェーズではありません。

「アシスタント」の本質は、業務の標準化と再現性にある

最初に採用すべきは、あなたの時間を切り出す「アシスタント(実務家)」です。しかし、それは単に雑務を押し付けるためではなく、業務を「形式知化」し、組織としての資産に変えるための戦略的な一手です。

ここで言う「アシスタント」とは、単なる作業員ではありません。「あなたの指示通りに動ける実務遂行能力」を持った人材、あるいはパートナーのことです。なぜ、優秀なマーケターではなく、実務家を優先すべきなのか。それは、他人に業務を渡すプロセスそのものが、最強の「業務標準化」プロセスになるからです。

自分でやったほうが早い、という感覚は「属人化」の最たる兆候です。他人に任せるためには、業務を分解し、手順を明確にし、判断基準(マニュアル)を整備する必要があります。この「業務の棚卸し」こそが、組織化の第一歩です。

ここで陥りがちな失敗は、教育やマニュアル化をサボり、「これ適当によろしく」と丸投げする「放任の罠」です。これでは品質が担保されず、結局あなたが修正することになり、二度手間になります。初期コストとしての教育と仕組み化に時間を割く覚悟がない限り、誰を採用してもあなたの時間は空きません。アシスタントへの委譲を通じて、あなたの頭の中にある「暗黙知」を、誰でも実行可能な「形式知」へと昇華させること。これがアシスタント採用の真の目的です。

現代における「最初のアシスタント」は人間とは限らない

「人の採用」を検討する前に、テクノロジーという「デジタルなアシスタント」を極限まで活用できているか自問してください。現代のマーケティングにおいて、最初の部下はAIやSaaSであるべきです。

「アシスタントを採用する」という文脈で、必ずしも人間を雇う必要はありません。特に現代では、生成AIやオートメーションツール(iPaaSなど)が、かつての初級アシスタントの業務領域を凌駕し始めています。

例えば、コンテンツの一次案作成、データの整形、定型的なメール返信、SNSの投稿管理。これらは人間を雇う前に、まずツールで自動化・省力化を試みるべき領域です。テクノロジーで代替できる部分を人間にやらせることは、経営資源の浪費です。

普遍的な順序としては、以下の通りです。

1. 削減(Eliminate): その業務は本当に必要か?をやめる。

2. 自動化(Automate): ツールやAIで自動化できないか?を試す。

3. 委譲(Delegate): ここで初めて、人(アシスタント)に任せる。

このプロセスを経ずに人を採用すると、その人は「本来AIがやるべき仕事」に従事することになり、モチベーションの低下や離職を招きます。テクノロジーを第一の部下とし、それでも残る「人間にしかできない判断や調整、ホスピタリティが必要な実務」を担う存在として、人間のアシスタントを迎え入れるのが、現代の最適解です。

組織拡大の第一歩を踏み出すための判断基準

採用の基準は「スキルの高さ」ではなく、「現在のボトルネックの種類」で決まります。戦略がないならメンターを、時間がないならアシスタントを。課題の解像度を高めることが先決です。

あなたが今、誰を採用すべきかを決定するためのシンプルなフレームワークを提示します。

1. 「何をすべきか(Strategy)」は明確か?

• Noの場合: 採用すべきは社員ではありません。必要なのは、壁打ち相手となる外部のコンサルタントやメンター、あるいはスポットの戦略アドバイザーです。戦略がない状態で実行部隊(アシスタント)を入れても、無駄な弾を撃ち続けるだけです。

• Yesの場合: 次のステップへ。

2. ボトルネックは「実行量(Execution)」か?

• Yesの場合: ここで初めて「アシスタント(実務家)」の採用、またはアウトソーシングを検討します。やるべきことが見えているのに、手が足りなくて施策が打てない状態こそ、組織拡大の好機です。

3. あなた自身が「プレイング」に固執していないか?

• もしあなたが「現場の作業」にアイデンティティを感じているなら、どんなに優秀な人を採用しても組織は機能しません。まずはあなた自身が「現場のエース」から「全体を設計するアーキテクト」へと意識を変革する必要があります。

自分より優秀なマーケター(CMO候補など)を採用するのは、実務のアウトソースが完了し、あなたが戦略に集中してもなお、事業成長のスピードに自身の能力が追いつかなくなった時、あるいは全く異なる専門領域(例:B2B企業がtoCアプリを出す等)に参入する時です。

まとめ:プレイングマネージャーから「アーキテクト」への脱皮

マーケティング組織の拡大とは、単に人員を増やすことではなく、マーケター自身が「プレイヤー」から「設計者」へと進化するプロセスそのものです。

「ひとりマーケターが最初に採用すべきは誰か」という問いに対する私の結論は、「あなたの時間を創出し、業務を標準化してくれる実務家(アシスタント)」です。ただし、それはAI活用を含めた現代的な意味での「実務機能の外部化」を指します。

この選択は、あなたに厳しい現実を突きつけるでしょう。なぜなら、アシスタントを入れるためには、あなたは自身の感覚だけで仕事をするのをやめ、言語化し、仕組み化し、指示を出さなければならないからです。しかし、その苦しみを乗り越えた先にしか、持続可能なマーケティング組織は生まれません。

明日からの仕事において、タスクをこなすこと以上に、「このタスクを自分以外の誰か(あるいは何か)ができるようにするにはどうすればいいか?」という視点を持ってください。その思考の積み重ねこそが、あなたを忙殺される担当者から、事業を動かすマーケティング・アーキテクトへと変えていくのです。

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