「鳥は飛べると思うから飛ぶのだ。」
ウェルギリウスの名言として日本語で広く紹介される言葉です。しかし原典へ戻ると、少し違う姿が見えてきます。
原典は『アエネーイス』第5巻231行
ウェルギリウス『アエネーイス』第5巻の船の競走の場面に、次のラテン語があります。
possunt, quia posse videntur
原典:Dickinson College Commentaries「Aeneid V 225–243」
19世紀のJohn Conington訳では、これが “They can because they think they can.” と訳されています。
訳文:Wikisource「Aeneid, Book V(Conington 1866)」
原文に「鳥」は出てこない
重要なのは、原典が鳥の飛翔を描いた文章ではないことです。第5巻では、アンキセスを追悼する競技の一つとして船のレースが行われています。
その競走で、勝利への勢いに乗る者たちを描写する中にこの一節があります。したがって、日本語の「鳥は飛べると思うから飛ぶのだ」は、原文をそのまま訳したものではありません。
“think” も直訳ではない
ラテン語の videntur は、「思う」より「見える」「そう見なされる」「そうであるように見える」に近い語です。
つまり、“They can because they think they can.” 自体も、原文を読みやすく力強い英語へ整えた翻訳です。そこからさらに日本語で「鳥」の比喩が加わり、現在の定型句へ変化したと考えるのが安全です。
それでも残る意味
原典が描いているのは、勢いが次の力を生む瞬間です。できそうに見えること、あるいはできると感じられることが、実際の行動を後押しする。
ただし「信じれば何でもできる」という万能な自己啓発の法則ではありません。競技の中で生まれる勢いと心理を描いた詩的な表現として読む方が、原典に近いでしょう。
出典状態
意訳・文言変化。ウェルギリウス『アエネーイス』第5巻231行に元となるラテン語を確認できます。ただし、日本語の「鳥は飛べると思うから飛ぶのだ」は原文にない鳥の比喩を加えた流通形です。
ウェルギリウス人物ページへ → 『牧歌』『アエネーイス』と、原文・話者・翻訳の違いを横断して読めます。