はじめに
「私は幸福であろうと決意した。なぜなら健康によいからだ」。ヴォルテールの代表的な名言として広く知られています。
ところが、1761年の書簡に確認できるヴォルテール本人の文章は少し違います。有名な形は、原文を後世が短く、前向きな名言へ整えたものと考えるのが適切です。
原文は「少し陽気でいるようにした」
トリュブレ神父宛の1761年4月27日の書簡で、ヴォルテールは「健康によいと言われたので、少し陽気でいるようにした」という趣旨の文章を書いています。
そこには「幸福になると決意した」という強い自己決定の表現はありません。「少し陽気に」という控えめな言い方です。
後世の文章は、なぜ魅力的なのか
「幸福を決意した」という形にすると、人生の主導権を自分で握る力強いメッセージになります。SNSや名言集にも非常に向いています。
しかし、その読みやすさと引き換えに、ヴォルテール本人の皮肉や軽さ、微妙なニュアンスは失われます。これは完全な捏造というより、真正な文章の核が「名言らしく」磨かれた例です。
別の書簡では「幸福は夢」とも書いた
さらに晩年の1774年、ヴォルテールは「幸福は夢にすぎず、苦痛は現実である」とも書いています。
この二つを並べると、「ヴォルテールは幸福をこう考えていた」と一行だけで固定する危うさがよく分かります。人の言葉は、その時々の人生と文脈の中で読む必要があります。
まとめ
「私は幸福であろうと決意した。健康によいからだ」は、ヴォルテールの原文そのままではありません。
1761年の書簡にある真正な核は、「健康によいと言われたので、少し陽気でいるようにした」。名言は、ときに誤帰属されるだけでなく、本人の言葉より少し格好よく作り直される。この一節は、その典型です。