はじめに
「私は幸福であろうと決意した。なぜなら健康によいからだ」。ヴォルテールの代表的な名言として広く知られています。
ところが、1761年の書簡に確認できるヴォルテール本人の文章は少し違います。有名な形は、原文を後世が短く、前向きな名言へ整えたものと考えるのが適切です。
原文は「少し陽気でいるようにした」
1761年4月27日のトリュブレ神父(abbé Trublet)宛書簡で、ヴォルテールは「健康によいと人から聞いたので、少し陽気でいるようにした」という趣旨を書いています。書簡4534・フランス語全文で照合でき、ガルニエ版『ヴォルテール全集』第41巻284〜286頁に収録されています。
原文の鍵となる部分は「je me suis mis à être un peu gai, parce qu’on m’a dit que cela est bon pour la santé」です。「私は幸福を選んだ(J’ai décidé d’être heureux)」ではなく、「ちょっと陽気になってみた」という動きであり、健康への効果も「人からそう聞いた」という留保が付いています。全集第41巻の該当紙面の転写と画像で確認できます。
後世の文章は、なぜ魅力的なのか
「幸福を決意した」という形にすると、人生の主導権を自分で握る力強いメッセージになります。SNSや名言集にも非常に向いています。
しかし、その読みやすさと引き換えに、ヴォルテール本人の皮肉や軽さ、微妙なニュアンスは失われます。書簡は、互いの著作への批評と反論を交わしたトリュブレとのやり取りの一部です。相手に退屈だと言われ、自分は笑ったという掛け合いから続くため、単純に「幸福を選ぶ自己啓発」へ作り替えると場面が消えてしまいます。本人の言葉が後世に励ましの定型句へ変化した例として読む方が適切です。
別の書簡では「幸福は夢」とも書いた
さらに晩年の1774年、ヴォルテールは「幸福は夢にすぎず、苦痛は現実である」とも書いています。
この二つを並べると、「ヴォルテールは幸福をこう考えていた」と一行だけで固定する危うさがよく分かります。人の言葉は、その時々の人生と文脈の中で読む必要があります。
まとめ
「私は幸福であろうと決意した。健康によいからだ」は、ヴォルテールの原文そのままではありません。
1761年の書簡にある真正な核は、「健康によいと言われたので、少し陽気でいるようにした」。名言は、ときに誤帰属されるだけでなく、本人の言葉より少し格好よく作り直される。この一節は、その典型です。
出典状態:本人の書簡確認済み/流通形は強い意訳。Voltaire, letter to abbé Trublet, 27 April 1761, Correspondance, lettre 4534, Garnier版全集tome 41, pp.284–286。原文の書簡全文。書簡本文の校訂版には日付に関する古い誤記への注があり、編集注の説明も参照できます。本文照合の根拠は19世紀の校訂版のデジタル転写で、自筆原稿を直接実見したことを意味しません。
1761年の書簡と後世の名言の変化を、ヴォルテールの他の発言と比べるには、ヴォルテールの人物・原典ガイドへ。本人の書簡にあるのは「健康によいと聞いたので、少し陽気でいるようにした」という趣旨で、「幸福であろうと決意した」はそのままの逐語訳ではありません。自筆原稿の直接照合は未実施です。