はじめに
「愛情とはからだとからだをよせて、さむさをあたためあうことなのだ」。この言葉は、詩人・金子光晴の言葉として広く流通しています。
今回の調査では、複数の資料がこの一節を金子光晴の詩「一対」にあるものとして紹介しており、「一対」が詩集『若葉のうた』および『金子光晴全集』に収録されていることも確認できました。
ただし、著作権上公開された一次本文や全集本文そのものにアクセスして一行を直接照合できたわけではありません。したがって、このサイトでは出典作品はかなり絞れているが、一次本文照合は未完了という状態で扱います。
詩「一対」は『若葉のうた』の「愛情によせて」に収録
1974年の増補版『詩集・若葉のうた』の目次では、「愛情によせて」というまとまりの中に「一対」「別離」「しあわせについて」などが収められています。
全集目次でも「愛情によせて」内に「一対」が収録されていることを確認できます。
そのため、短い名言だけでなく、家族や老い、身体、愛情を扱う詩群の一部として読む余地があります。
愛を抽象概念ではなく、身体の温度で描く
この一文の特徴は、「愛とは理解である」「愛とは尊敬である」と抽象語で定義しないことです。
寒い者同士が身体を寄せて温め合う。非常に具体的で、身体的な像によって愛情を表します。
ここでは一方がもう一方を救うのではなく、互いに寒さを持つ者が互いを温めるという対称性があります。「一対」という作品名とも響き合う読み方です。
「愛はきれいな感情」というだけではない
身体を寄せるという表現には、人間が一人では寒さを感じる弱い存在であることも含まれています。
愛情を強い者から弱い者への一方的な施しではなく、互いの不完全さを前提にした共同の行為として読むことができます。
「愛されること」と「愛すること」を分けて考える「愛とは何か」テーマページとも、別の角度から接続できる言葉です。
出典について残る注意
現在、詩「一対」への帰属は複数資料で一致しています。また詩集・全集に作品が収録されていることも確認できています。
一方、今回利用できた公開資料では、全集本文の該当行を直接照合できませんでした。
そのため「原典確認済み」と断定する一歩手前として、作品名まで特定済み・本文一次照合待ちとします。今後、全集や詩集本文を確認できた場合に更新します。
まとめ
「愛情とはからだとからだをよせて、さむさをあたためあうことなのだ」は、金子光晴の詩「一対」に由来するとする資料が複数あり、「一対」が『若葉のうた』や全集に収録されていることも確認できます。
ただし一次本文の直接照合は今回未完了です。そこで出典確度を明記しつつ、愛を「互いの寒さを互いに温める身体的な関係」として読む一節として残します。
出典メモ:金子光晴「一対」。『詩集・若葉のうた』増補版(勁草書房、1974)「愛情によせて」所収。『金子光晴全集』の目次でも収録を確認。該当行の一次本文照合は未完了。