愛とは何か|プラトン、アリストテレス、スタンダール、トルストイ、ヘッセから読む

「愛」という一語に、別のものを詰め込みすぎている

恋愛、友情、家族愛、隣人愛、欲望、献身。日本語ではこれらをすべて「愛」という一語で語ることがあります。

しかし思想家や作家を横断すると、「愛」は一つの定義へまとまりません。

このページでは、プラトン、アリストテレス、スタンダール、トルストイ、ヘルマン・ヘッセを比較し、「愛される」「欲する」「理想化する」「友として愛する」「生命として愛する」という違いを見ます。

プラトン――『饗宴』には一つではなく、複数の愛がある

プラトンの『饗宴』では、宴席の参加者が順番にエロースについて演説します。

そのため、「プラトンは愛をこう定義した」と一つの台詞だけでまとめることには注意が必要です。

「愛に触れれば誰もが詩人になる」という有名な言葉も、作品内では悲劇詩人アガトンの演説です。

その後にはソクラテスによる問い直しがあり、さらにディオティマから聞いたという愛の議論へ進みます。

『饗宴』の面白さは、愛の「正解」を一文で与えることより、愛について語る複数の声を並べ、読者に考えさせることにあります。

アリストテレス――愛されるより、友を愛する側に友情が現れる

アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で友情(philia)を詳しく論じました。

8巻8章では、友情の特徴を「愛されること」より「愛すること」の側に置きます。

ここで問題なのは、現代的な恋愛だけではありません。友、家族、市民などの関係を含む広い友愛です。

自分がどれだけ愛されているかを測るだけでなく、自分から相手の善を願うことができるか。アリストテレスの愛の問いは、受け取る量から関係の質へ重心を移します。

スタンダール――恋する人は、相手をそのまま見ているのか

スタンダールの『恋愛論』で有名なのが「結晶作用(cristallisation)」です。

塩坑へ投げ込まれた枝に結晶が付着して美しく見えるように、恋する人の想像力は相手へ次々と魅力を付け加えていく。

これは「恋は美しい」というだけの比喩ではありません。

恋愛では、相手そのものだけでなく、希望、記憶、疑い、期待が相手の像を作り変えます。つまり愛には、相手を見る働きと、自分の想像を見る働きが混ざっています。

愛しているときほど相手をよく見ているとは限らない。この少し冷たい観察が、スタンダールの面白さです。

トルストイ――愛を感情ではなく「生命」の側へ広げる

トルストイの後期思想では、愛は中心的な概念になります。

単なる恋愛感情ではなく、自分だけの利益を越えて他者へ向かう活動として考えられます。

一方、小説『戦争と平和』では、「愛は生命だ」という思想がアンドレイ公爵の内面として現れます。

ここでも、作者本人の論説と登場人物の思考は区別する必要があります。しかし作品と後期思想を並べると、トルストイにとって愛が恋愛関係だけでなく、生そのものを他者へ開く問題へ広がっていくことが見えてきます。

ヘッセ――幸福を「愛される量」から「愛する能力」へ移す

ヘルマン・ヘッセの1918年「Aus Martins Tagebuch」には、「愛されることより、愛すること」に対応する文章があります。

現在流通する日本語は、原文の複数の表現を一つの格言へ圧縮した形で、しかも日記形式の文学的な語り手の言葉です。

それでも、幸福の重心を「どれだけ愛されたか」から「自分が愛することができるか」へ移す議論は明確です。

アリストテレスの友情論と並べると、時代も文脈も違いながら、愛を受動的な承認ではなく能動的な働きとして見る共通点が現れます。

愛は「相手を必要とすること」と「相手のためを願うこと」の間にある

プラトンのエロースには欲望や不足が関わります。スタンダールの恋には、自分の想像が相手を輝かせる働きがあります。

一方、アリストテレス、トルストイ、ヘッセでは、愛することそのもの、他者へ向かう働きが強くなります。

この違いを見ると、「愛とは相手が好きな気持ち」という一文では足りません。

自分にないものを欲する愛と、相手の善を願う愛。相手を理想化する愛と、相手を現実の他者として受け入れる愛。同じ関係の中でも、この複数の動きが共存することがあります。

「愛されたい」は愛と矛盾するのか

愛されたいと願うこと自体を否定する必要はありません。

ただし、愛の価値を「相手がどれだけ自分を満たしてくれるか」だけで測ると、愛と承認欲求の区別が難しくなります。

アリストテレスやヘッセが「愛する側」を強調するのは、愛される必要を否定するためではなく、関係を相手から受け取るものだけにしないためだと読むことができます。

別の問いへ進む

愛と満足の関係を考えるなら、「幸福とは何か」へ。

愛していても一人で引き受けなければならないものを考えるなら、「孤独とは何か」へ。

作品全体で愛を読みたい場合は、トルストイ『戦争と平和』や、プラトン人物ページから『饗宴』の記事へ進めます。

ほかの問いから思想をたどる → テーマ索引

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