プラトンとは
プラトン(Plato, 紀元前5世紀後半–前4世紀)は、古代アテナイの哲学者です。倫理、政治、知識、教育、愛、魂、存在など幅広い問題を扱い、その後の哲学に大きな影響を与えました。
しかし「プラトンの名言」を読むときには、他の哲学者以上に注意が必要です。プラトンの著作の大部分は対話篇であり、作者自身が「私はこう考える」と直接論じる形式ではありません。ソクラテス、アガトン、クリニアスなど、異なる登場人物が異なる立場から語ります。
そのため、この人物ページでは「プラトンが書いた作品にある」ことと「プラトン本人の直接発言である」ことを分けることを中心にします。
対話篇という形式
プラトンの作品のほぼすべては対話形式で書かれています。そこでは、人物同士が問い、答え、反論し、同じ概念を何度も別の角度から検討します。
とくにソクラテスは多くの対話篇で主要な話者です。しかし現代の研究では、プラトンが歴史上のソクラテスの発言をそのまま記録しただけとは考えられていません。作品によって、歴史的ソクラテスに近いと考えられる部分と、プラトン自身の哲学的展開が強く現れる部分があります。
したがって、短い一文を「プラトンの人生訓」として読むより、どの作品の、誰の台詞で、議論のどの位置にあるのかを見る方が、この哲学者の作品には合っています。
『クリトン』――「ただ生きる」のではなく「善く生きる」
「ただ生きるのではなく、善く生きる」という有名な一節の核は、『クリトン』48bにあります。
ただし話者はプラトン自身ではなくソクラテスです。死刑判決を受け、友人クリトンから脱獄を勧められている場面で、ソクラテスは「ただ生きること」より「善く・正しく生きること」を基準にしようとします。
穏やかな人生論ではなく、生き延びることと正しく生きることが衝突する場面に置かれた言葉です。
『テアイテトス』――「驚きは哲学の始まり」
「驚きは哲学の始まり」の源流は、『テアイテトス』155dです。
知識とは何かをめぐる対話の中で、テアイテトスが考えるほど驚き、目がくらむようだと語り、ソクラテスがその驚きを哲学者にふさわしい感情として受け取ります。
現代的な「好奇心を持とう」という学習標語より、当たり前だと思っていたことが分からなくなり、問いが始まる瞬間に近い言葉です。
『国家』――教育・魂・音楽をめぐるソクラテスの議論
「リズムとハーモニーは魂の奥深くへ入る」は、『国家』3巻401d–eに対応します。
ここでも話者はソクラテスです。背景にあるのは音楽を無条件に称賛する話ではなく、守護者をどのように教育するかという政治・教育論です。どんな詩や音楽でもよいとは考えられておらず、表現が人格形成にどう作用するかが問われています。
「魂の眼」という比喩は『国家』7巻533dに確認できます。ただし「魂には眼があり、それだけが真理を見る」という流通形全体が逐語的に書かれているわけではありません。原典では、弁証法が泥の中に沈んだ「魂の眼」を引き上げるという文脈です。
短い名言へ圧縮すると神秘的な直感論に見えますが、原典へ戻ると、教育によって認識する力の向きを変えるという議論へ戻ります。
『法律』――「自分に勝つ」はクリニアスの台詞
「自己への勝利は最善、自己への敗北は最悪」、そして「自分に打ち勝つことは最大の勝利」は、別々の名言ではなく、同じ『法律』1巻626eを異なる日本語で表したものです。
しかも話者はプラトンでもソクラテスでもなく、クレタ人のクリニアスです。
翻訳や引用の過程で表現が変わると、一つの原典から複数の「名言」が生まれることがあります。この二記事は、その現象を分かりやすく示します。
『饗宴』――愛について語るのは一人ではない
『饗宴』では、宴席の参加者が順番にエロースについて演説します。したがって「プラトンの愛の哲学」として一つの台詞だけを切り取ることには注意が必要です。
「愛に触れれば誰もが詩人になる」、および同じ原典を扱う記事の話者は、悲劇詩人アガトンです。
アガトンはエロースを讃える中で、愛が人を詩人にするという趣旨を語ります。しかしその後にはソクラテスの検討が続き、さらにディオティマから聞いたという愛の議論が展開されます。
つまりアガトンの美しい演説は、作品全体に存在する複数の「愛」の声の一つです。
出典未確認の「プラトンらしい名言」
「愛のない選択は良い結果にならない」は、プラトン名義で流通していますが、主要な対話篇に対応する原典を現在の監査では確認できていません。
プラトンが『饗宴』『パイドロス』などで愛を扱っているからといって、思想の近さを特定の一文の出典へ置き換えることはできません。
「親切に。誰もが厳しい闘いをしている」もプラトンの言葉ではありません。近い形は19世紀末のJohn Watson(Ian Maclaren)へ遡ります。
「ただ死者のみが戦争の終わりを見た」はサンタヤーナ
「ただ死者のみが戦争の終わりを見た」は、長くプラトンの名言として流通してきました。
しかし確認できる原典は、George Santayanaの1922年『Soliloquies in England and Later Soliloquies』です。
古代ギリシャの人物名が付くと、戦争についての「普遍的な古代の知恵」に見えます。作者を戻すことで、20世紀初頭の文章として本来の位置へ戻せます。
ソクラテスの台詞=歴史上のソクラテスの逐語発言でもない
もう一段注意が必要です。プラトン作品でソクラテスが語った台詞を確認できても、それが歴史上のソクラテス本人の逐語的な発言だと自動的に証明されるわけではありません。
ソクラテス自身は著作を残しておらず、私たちはプラトン、クセノフォン、アリストファネスなど他者の記録を通して彼を知ります。
そのため「プラトンの名言」を調べると、しばしば作者 → 対話篇 → 話者 → 歴史上の人物という複数の層を区別する必要が生まれます。
なぜプラトンは答えを対話にしたのか
プラトンが対話形式を選んだ理由を一つに決めることはできません。しかし作品を読むと、哲学が完成した答えの一覧ではなく、問い、反論、行き詰まり、再検討として進むことが分かります。
同じ作品の中でも、ある人物の美しい演説が後に問い直されることがあります。
この点は「名言を一文の正解として消費しない」という本サイトの読み方とも相性があります。プラトンを読むことは、答えを受け取るより、対話の中で問いがどう変わるかを見ることでもあります。
ソクラテスと並べて読む
プラトンの多くの作品ではソクラテスが中心人物です。しかし、歴史上のソクラテスと「プラトンの作品内のソクラテス」は完全に同一とは言えません。
ソクラテス人物ページでは、『弁明』『クリトン』『テアイテトス』などを手掛かりに、歴史上の人物と後世の「ソクラテス名言」を分けて読みます。
知ること・自由をテーマから比較する
『テアイテトス』『国家』などの知識・教育の問いは、「知るとは何か」へつながります。
『法律』の自己統御の議論は、「自由とは何か」とも比較できます。
どこから読むか
対話篇の形式を体感するなら『クリトン』『テアイテトス』。教育と政治を考えるなら『国家』。愛について複数の声を読むなら『饗宴』。法と自己統御なら『法律』が入口になります。
名言の伝播から入るなら、「愛に触れれば誰もが詩人になる」「自分に勝つことは最大の勝利」「ただ死者のみが戦争の終わりを見た」を並べると、話者・翻訳・誤帰属の違いがよく見えます。
参考資料
人物と対話篇の性格については、Stanford Encyclopedia of Philosophy「Plato」を参照しています。原典の章節確認にはPerseus Digital Library等のギリシャ・ローマ古典資料を利用しています。