はじめに
「意志もまた、一つの孤独である」には、アルベール・カミュの『Carnets I(手帖 I)』という明確な原典があります。
原文は非常に短く、“La volonté aussi est une solitude.” 。真正なカミュの文章です。
ただし、これは完成した論文や小説の中で展開された哲学命題ではなく、創作と思考の断片が並ぶノートの一行です。そのため、一文から「カミュは意志をこう定義した」と巨大な理論を作らない方がよいでしょう。
『手帖』に置かれた一行
この句の近くには、行動、芸術、悲劇、孤独、自由、創作についての断片が並びます。
直後にはリストによるショパン評が引用され、その後には、人間の苦しみが計画を変えてしまうことや、作品への執着と人生の選択をめぐるメモが続きます。
したがって、この一行を「他人に流されず自己決定する者は孤独になる」という現代的な自己啓発へ直結させるより、何かを意志し、作品や生の方向を選ぶことに伴う孤立を考える断片として読む方が慎重です。
「孤独=強さ」と単純化しない
旧記事では、意志を持つことが「真の自由」であり、孤独に耐えることが強さだと説明していました。
しかし原文は、孤独を称賛しているとも、克服すべきものと否定しているとも明言しません。
「意志にも孤独がある」とだけ置く。その曖昧さを残すことで、むしろ問いが開きます。
意志は、他者との断絶なのか
何かを本当に選ぶとき、最後まで他人に決めてもらうことはできません。創作でも仕事でも、生き方でも、決断の最後には自分だけが引き受ける部分があります。
その意味で「意志もまた一つの孤独」と読むことはできます。
一方、カミュの後の作品では連帯や反抗も重要になります。だから、この一行を「人間は孤独に自分だけを信じるべきだ」という完成された思想へ固定するのは適切ではありません。
ノートの一行を「名言」にするときの注意
手帖や日記は、完成作品とは資料の性格が違います。作家が考えかけたこと、作品へ使う可能性のある断片、他者からの引用、予定などが混在します。
カミュの『手帖』も同様です。真正な本人の文だからといって、すべてを「生涯変わらない哲学」として引用するべきではありません。
本人の言葉であることと、完成した主張であることは別です。
まとめ
「意志もまた、一つの孤独である」は、カミュ『手帖 I』に確認できる真正な一行です。
しかし、そこから「意志を貫けば自由になれる」「孤独こそ強さだ」という体系的教訓まで読み込む必要はありません。
むしろ、意志すること、創作すること、選ぶことには、他者へ委ねられない孤独が含まれるのではないかという短い問いとして残す方が、このノートの性格に合っています。
出典メモ:Albert Camus, Carnets I, mai 1935–février 1942, Cahier III, “La volonté aussi est une solitude.”
カミュを人物から読む
アルベール・カミュ人物ページでは、不条理だけでなく、幸福、太陽と貧困、孤独、反抗を横断し、小説の話者・手帖の断片・本人の回想を分けて読めます。