「二人で黙って、その沈黙に耐えられるか」はキルケゴールの名言?|原典と沈黙論を検証

はじめに

「しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか」。キルケゴールの恋愛・人間関係の名言として紹介されることがあります。

しかし今回の調査では、この日本語に対応するキルケゴール本人の確実な原文を特定できませんでした。したがって、真正な直接引用として紹介するのは慎重であるべきです。

キルケゴールは実際に「沈黙」を考えている

ややこしいのは、キルケゴール自身が沈黙について繰り返し考えていることです。1847年の著作『愛のわざ』(Works of Love)第2部第6論「愛はとどまる」(Love Abides)では、愛をもって待つ人の会話には沈黙も含まれるという趣旨が述べられます。そこでは、しばらく話していない人同士を例に挙げ、会話が完全に途絶えたかどうかを単純に沈黙の長さだけで判定できない、と議論しています。『愛のわざ』第2部第6論・学術版の所在(JSTOR)。

つまり、流通している一文そのものは確認できなくても、「沈黙と人間関係」というテーマが彼の思想と無関係なわけではありません。

恋愛テストへ変えると思想が小さくなる

流通文は「沈黙して気まずくない相手なら良い関係」という恋愛アドバイスとして非常に分かりやすいものです。しかし、キルケゴールの沈黙論はそれだけに収まりません。

言葉を発することと黙ること、他者へ向き合うこと、自分自身の内面へ向き合うこと。沈黙は人間存在や宗教的な内面性とも結びつくテーマです。しかし『愛のわざ』でのこの話は、単純に「無言で座っていられるかを試せ」という相性テストではありません。沈黙の長さではなく、愛が関係の中でとどまり続けるかを問う議論です。

まとめ

「二人で黙って、その沈黙に耐えられるか」という流通文は、現時点ではキルケゴール本人の原典を確認できません。

一方、彼自身に沈黙についての思想があるため、完全に無関係な誤帰属とも簡単には片づけられません。似た思想が存在することと、同じ文章が存在することを区別する必要がある例です。

出典状態:要検証(流通する恋愛格言の原典は未確認)。比較可能な本人の著作はキルケゴール『愛のわざ』第2部第6論「Love Abides」(1847年)。学術翻訳版の構成と出典では第2部第6論が300〜314頁に位置します。ただし、これは「二人で沈黙に耐えられるか」という現在の日本語の逐語的な出典ではありません。キルケゴール人物ページと読み比べ、本人の原文と後世のアドバイスを区別してください。

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