坂口安吾「人生はつくるものだ」|『教祖の文学』で小林秀雄に問う生き方

「人生はつくるものだ。必然の姿などというものはない。」坂口安吾の名言として流通する一文です。出典は1947年の評論『教祖の文学――小林秀雄論――』。この言葉だけを切り出して「前向きに行動すれば何でも成功する」と読むと、原文で安吾が向き合っていた難しい問題を見落とします。

ここで安吾は、文芸評論家・小林秀雄の文学観を激しい口調で批判しながら、人生や文学を「必然」という決まった型から説明することに抵抗するのです。

出典:『教祖の文学――小林秀雄論――』1947年6月

青空文庫の図書カードによると、初出は『新潮』第44巻第6号、1947(昭和22)年6月1日。評論の表題は『教祖の文学――小林秀雄論――』です。一般的な自己啓発書や講演の言葉ではなく、特定の文学者の思想を論じた評論の一節だという点が重要です。

原文には「人生とは銘々が銘々の手でつくるものだ」と述べる段落があり、その後に広く知られる一節が続きます。さらに「歴史」という手本に従うだけでなく、自分の心に聞き、自分の仮面を脱ぎ、自分だけの道を生きるべきだと論じます。

安吾はなぜ小林秀雄を「教祖」と呼ぶのか

安吾は、小林の批評が人間や文学を見透かすかのような立場に到達し、そこから歴史や人間の「必然」を語っていると批判します。評論家が作品を見極めることと、作家がまだ見えないものを作ることは同じではない――という対立です。

ここでの小林秀雄像は、あくまで安吾の批評の中で描かれた相手の姿です。小林本人の思想を過不足なく要約したものだと扱ってはいけません。安吾は相手の著作から論点を選び、論争的な言葉で反論しています。

文学を完成済みの美や結論を見つける鑑賞行為としてだけではなく、作者が生きながら未知のものを発見する営みとして考える。この違いが「人生はつくるものだ」に至る背景です。

「必然の姿などというものはない」の意味

この言葉は、自然法則や歴史上の因果関係が一切存在しないという学問的主張ではありません。安吾が対抗しているのは、「人間とはこういうものだ」と初めから結論を決め、実際の人間の変化や迷いを見ようとしなくなる姿勢です。

安吾は、人間には何をやり出すか分からないところがあるから文学が存在すると考えます。予想のつかない個々の生を、後からきれいに整理した必然の物語だけで捉えられるのか。彼の問いはそこへ向けられています。

したがって「自分の運命はすべて自由に選べる」という全能感へ結びつけるのも適切ではありません。環境や偶然を消し去るのではなく、偶然や制約のなかでも、まだ形になっていない自分の生を生きることに重点があります。

「生きること」と「つくること」をつなぐ

『教祖の文学』は、文学が現実の生に根差していることを繰り返し主張します。安吾にとって、作家は机の上で既存の法則を当てはめるだけの人間ではありません。苦悩し、迷い、書いてみて初めて知らなかった自分を発見していきます。

その意味で、この一節は単なる自己啓発の掛け声を超えます。人生を事前に正解の分かっている計画として扱うのではなく、手探りでつくり続ける営みとして捉えることに、その魅力があります。

現代の進路や仕事へ引き寄せて読むなら

キャリアに唯一の「正しい順番」があると考えると、予定外の転職や学び直しを失敗と決めつけがちです。しかし、自分が何に関心を抱き、何に違和感を覚えるかは、試して初めて分かる場合もあります。

もちろん、挑戦すれば必ず望みどおりの結果になるわけではありません。現実の制約を調べ、責任を引き受けることも必要です。ここでの応用は「計画不要」ではなく、計画が人間の全部を決めたと思わないという態度でしょう。

この現代への応用は当サイトの解釈です。1947年の安吾が今日の転職活動やマーケティングを直接論じたという意味ではありません。

『堕落論』とどうつながるか

『堕落論』(1946年)は、道徳の型に押し込められた人間が、生身の現実へ戻ることを問いました。一方『教祖の文学』(1947年)は、文学を理解し尽くしたかのような態度を批判し、自分の人生をつくることを語ります。両者には、人間を既成の完成像へ閉じ込めないという共通点があります。ただし別作品なので、一方の言葉を他方の出典として紹介しないよう注意が必要です。

原典と関連資料

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