はじめに
「行為すること、これが存在することである」。デカルトの名言として紹介されることがある言葉です。
しかし今回、デカルトの主要著作や確認できる原典をたどった範囲では、この日本語に対応する確かなデカルト本人の文章を確認できませんでした。
そのため、このサイトでは本人の真正な名言として断定しません。
デカルトの有名な存在論とは方向が違う
デカルトの存在をめぐる最も有名な議論は「我思う、ゆえに我あり」です。徹底して疑っても、疑い考えている自分の存在までは疑えない。そこから思考する自己の確実性を取り出します。
これは「行動しているから存在する」という主張とは同じではありません。
もちろんデカルトは意志や行為についても論じています。しかし、思想上の関連がありそうだというだけで「行為すること、これが存在することである」という文章を本人へ帰属させることはできません。
なぜ「デカルトらしい」名言に見えるのか
短い格言は、哲学者の有名な思想と結びつけて理解されやすいものです。「我思う、ゆえに我あり」という存在論が知られているため、「行為」と「存在」を結ぶ別の文章もデカルトらしく感じられる可能性があります。
しかし名言の検証では、その人らしいことと、その人が実際に書いたことを分ける必要があります。
まとめ
「行為すること、これが存在することである」は、現時点ではデカルト本人の確かな原典を確認できないため要検証です。
旧記事のように、この一文をデカルト哲学の中心的命題として扱い、「行動によって存在が証明される」と説明することも避けるべきでしょう。
出典が確認できれば改めて評価できます。それまでは、流通しているデカルト名義の言葉として扱うのが安全です。