はじめに
「笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである」。ニーチェの言葉として知られるこの日本語には、よく対応づけられるドイツ語があります。
「人間だけが、笑いを発明しなければならないほど深く苦しむ」という趣旨の文です。ただし出典表示には注意が必要です。英語圏ではしばしば『The Will to Power(力への意志)』の一節として引用されますが、『力への意志』はニーチェ自身が完成・刊行した単一の著作ではなく、死後に遺稿を編集して成立した書物です。
「苦しみ」と「笑い」の逆説
この言葉のおもしろさは、笑いを幸福の反対側に置かないことです。人間は苦しみが少ないから笑うのではなく、むしろ深く苦しむ存在だからこそ笑いを必要とした、という逆説になっています。
笑いを単なる気分転換ではなく、耐えがたいものとの距離を作る働きとして考えることもできます。ただし、そこから「笑えば苦しみは解決する」といった心理学的処方箋まで読み込むのは原文を越えます。
『力への意志』という出典の扱い
ニーチェの引用を調べるとき、『力への意志』という書名は少し特殊です。これはニーチェが生前に完成させた著作名として、そのまま扱うことができません。死後、遺されたノートをもとに編集された版が広く読まれたため、多くの断片がこの書名の下で流通しました。
したがって「ニーチェ『力への意志』の名言」とだけ書くより、ニーチェの遺稿に由来し、死後編集版『力への意志』を通して広く流通した言葉と理解する方が慎重です。
まとめ
「笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したもの」という日本語は、ニーチェに帰属される「人間はあまりに深く苦しむため、笑いを発明しなければならなかった」という趣旨の文章に対応します。
ただし出典を『力への意志』とだけ記して終えるのは不十分です。死後編集された遺稿集という成立事情まで含めて示すことで、この言葉の来歴をより正確に理解できます。